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多摩川河川敷で開催されたビアフェス「Sound & Chair ’24」をサウンドスケープ(音の風景)の視点からレポートする
取材・構成・テキスト/コール智子 写真/谷川慶典
キーワードは「クラフトビール」と「チェアリング」、そして「レコード」。そんなリラクシングなイベント「Sound & Chair(サウンド・アンド・チェア) ’24」が2024年11月1日~10日、多摩川の丸子橋河川敷(神奈川県川崎市)で開催された。
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「Sound&Chair」は、多摩川流域に近年続々と誕生しているマイクロブルワリー(小規模なビール醸造所)をサポートするプロジェクト「TABA(Tamagawa All Breweries Alliance)」の一環で開催するイベントで、今回が2回目。
1回目は2022年の秋、コロナ禍で大打撃を受けたマイクロブルワリー支援のため、「多摩川河川敷でアウトドア用チェアに座り、音楽を聴きながら、地元のクラフトビールを片手に、思い思いの休日を過ごす」という“密”を避けた新しいライフスタイルを提案し、9ブルワリーが参加して2日間にわたり開催された。
なお、「Sound & Chair」の「Chair」とは、アウトドア用の折りたたみ椅子を持参して好きな場所でくつろぐ「チェアリング」のこと。椅子さえあればどこででもできる気軽なアウトドアとして近ごろ人気を集めているアクティビティだ。
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第2回目となる今回の「Sound & Chair ’24」では、多摩川流域の16ブルワリーが50種類以上のクラフトビールを提供し、地元の特産品を使ったキッチンカーも出て、大人から子どもまでたくさんの参加者で賑わった。
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公共空間を「音の風景」で捉え直す
一方、丸子橋下に設けられた野外ステージでは連日、アーティストのライブやDJパフォーマンスが繰り広げられた。
今回の「Sound & Chair ’24」では、明治42(1909)年に日本初のレコードを製造した日本コロムビア(当時の日米蓄音機製造)の工場が川崎にあったという歴史的背景に着目し、MIDIをはじめとするレコードレーベルやショップのブースが並ぶ「レコードマーケット」が開かれた。
併せて音響機器メーカーのAudio-Technicaのリスニングブースも設けられ、訪れた音楽ファンがアナログレコードの音色を楽しむ姿が見られた。
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「Sound & Chair ’24」は、どのような"音楽空間"を目指しているのだろうか?
このイベントのオーガナイザーで、これまで環境音楽や「サウンドスケープ」(音の風景)をテーマに数多くのプロジェクトを手掛けてきたepigram inc.に、川崎および多摩川河川敷というローカルな場所と音楽の繋がりについて聞いてみた。
「川崎という土地は”レコード発祥の地”であり、音楽の街を標榜しているという側面もあります。その一方で、音とは無関係と思われる河川敷のようなありふれた公共空間を音でも捉え直したい、というのが私たちのねらいです。
多摩川河川敷は、都市と自然との境界にあり、耳をすませば、風の音や虫の声、丸子橋を往来する車の音、東急線の電車の音、集まった子どもたちの声など、ここにしか無いユニークな『音の風景』があることがわかります。
チェアに座って視点を変え、日常を再び見つめ直すことは、こうした『音の風景』に気付いてもらうための“仕掛け”ともいえますね」
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音を深く“聴く”ことで、場所と繋がる
さらに「レコードマーケット」のキュレーターで、DJとして野外ステージにも出演したニック・ラスコムさんにも話を聞いた。
ニックさんはイギリス国営放送BBCラジオのプロデューサー、ブロードキャスターで、ロンドンと東京を拠点に活動中。自らを「サウンド・コレクター(音の収集家)」と呼び、フィールド・レコーディング(録音用のスタジオ以外の場所で音を録ること)に積極的に取り組んでいる。
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――ニックさんはYMOや坂本龍一の大ファンだそうですね。
「矢野顕子もね。80年代の日本の電子音楽が好きな僕にとって、MIDIは特別な存在なんです」
――今回の「レコードマーケット」には、国内外のレコードレーベルやショップが40店近く参加しています。キュレーターとしての選定基準は?
「音楽的なバリエーションですね。例えば、MIDIは80年代の日本の音楽、UKレーベルだと僕が関わっているGearbox Recordsはジャズがメイン、Gondwana Recordsはスピリチュアル・ジャズ、BBE Musicはワールドミュージック……といったふうに。そのレーベルならではの個性があって、音楽への愛と情熱にあふれているのが共通点です」
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EPO(エポ)などの名盤が並ぶMIDI のブース
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――多摩川河川敷という土地から、ニックさんは、どんなインプレッションを受けましたか?
「多摩川沿いをサイクリングしたこともあるんですが、川崎の中でも素晴らしい場所の一つだと思います。多摩川は東京と川崎という2つの場所の境界線を流れていて、川のこちら側と向こう側では雰囲気が全く異なるのが、とても興味深いですね」
――多摩川河川敷という環境は、音楽のキュレーションにどのように影響していますか?
「ビール・フェスティバルと川という組み合わせは、僕にとって初めての体験です。多摩川河川敷には、スポーツを楽しむ人や家族連れや電車といった、この場所ならではの賑わいと同時に、静けさも共存しています。リラックスした雰囲気の中で、近隣の人々も含め、誰もが楽しめるような音楽が求められていると考えました」
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――ニックさんは今回、DJとして野外ステージにも出演されていますね。1週目の土曜夜のDJは雨のため残念ながら中止となりましたが、2週目は日曜朝のDJです。野外でDJをする際、時間帯や天候は選曲に影響しますか?
「間違いなく影響します。雨が降る土曜の夜と、晴れた日曜の朝は明らかに雰囲気が違います。土曜の夜は、ジャズやファンク、エレクトロニック系の温かみのある音楽をかける予定でした。日曜の朝は、まだ僕の体も目覚めていないから、よりリラックスしたセットになります」
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――ニックさんは自らを「サウンド・コレクター」と呼んでおられます。今この瞬間、どんな音が聞こえますか?
「一番大きいのは、すぐ隣の屋台の発電機の音ですね。そのバックグラウンドで野外ステージのライブ音楽が流れていて、屋台に並んでいる人たちがお喋りする声も聞こえてきます。時折、風が僕たちのいるブースのシートをはためかせています。
どこにいても常に音があるんです。音を録音したり、深く聴きこんだりすると、その場所とのつながりを強く感じることができます。それが音の収集で一番好きなところです。
このインタビューの瞬間も、隣の屋台の発電機の音とともに、この場所での思い出として僕の記憶の中に強く残ることでしょう」
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――多摩川については、いかがですか? 川が流れている”気配”を感じますか?
「僕は視覚的なことよりも音に重きを置いているので、音を意識してしまう傾向があります。川の流れる音が背景にあれば川をイメージできますが、今この場所からは実際には川の音は聞こえません。でも、あなたが言ってる意味は僕にはとてもよくわかります。聞こえない音を聴く、ということですね。実際のところ、もし、そこに多摩川が流れていなければ、きっと他の音も違って聞こえたはずですから」
――音の風景と水のかかわりは興味深いですね。これまで川や海の音を録音したことはありますか?
「北海道では2年にわたって川や沼地、海中の音を録音していました。沖縄ではサンゴ礁の音を録音しました。音によって、健康なサンゴ礁なのか死にかけているサンゴ礁なのか違いがわかるんです」
――収集した音をどのように活用していますか?
「2020年、新型コロナのパンデミックの初期で、まだワクチンも無かった頃、北海道で収録した自然の音を川崎の病院に持ち込んでスタッフルームや病棟、そして音楽療法士との協働で終末期ケアのユニットで死に瀕した患者さんのために流しました。当時、人々は非常に高いストレスにさらされていましたから、リラックスできる環境づくりのために自然の音を使ったんです。それが僕のサウンド・プロジェクトの始まりでした」
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――そもそも、なぜ音を収集することに興味を持ったのですか?
「僕が日本を訪れるようになったのは、1990年代の後半ごろから。MD(ミニディスク)レコーダーを買って、小さなマイクでパチンコ店や電車の音など、東京の音を録音していました。日本の音に興味があったんです。
それから30年近くの間、日本を訪れるたびに携帯やマイクで録音を続けています。サウンドスケープを通して日本を理解したい。それが動機です。僕は日本語があまり話せませんし、あまり理解もできていません。でも、音や声とのカンバセーション(会話)を通して、音の世界で、この国を深く理解しようとしています。
そういう意味でも、MIDIがリリースしてきた音楽は、僕の日本理解にとって大切な入口となりました」
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――坂本龍一やYMOなど、日本の音楽に興味を持ったきっかけは?
「1980年代初期、僕は『JAPAN』というブリティッシュ・バンドの大ファンで、ヴォーカルのデヴィッド・シルヴィアンを通じて坂本龍一を知りました。そこからYMOを聴き、未来的な音楽にすさまじい衝撃を受けました。いわゆるバブル期にあった80年代日本の信じられないほどパワフルな雰囲気やテクノロジーに圧倒され、そこからエレクトロニック・ミュージックへの道へと導かれていったのです」
Japan 「Quiet Life」
坂本龍一&デヴィッド・シルヴィアン「禁じられた色彩(Forbidden Colours)」
――ニックさんは生前の坂本龍一に何度か会ったことがあるそうですね。心に残るエピソードはありますか?
「坂本さんとは5、6回会いました。ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで友人から紹介され、BBCでインタビューを2回行いました。最後に会ったのはロンドンのカムデン・アートセンターで、パフォーマンスの後でした。
坂本さんに近況を聞かれ、僕は『青森で昆虫の音を録音してきました。日本の夏の虫たちの声は電気のようで、自然が織りなすシンフォニーのように感じました』と答えました。坂本さんがフィールド・レコーディングへの興味を深めつつあることを知っていたので、さらに、こう尋ねました。『作曲家として、自然が作り出す”音の風景”にかなわないと思うことはありますか?』
すると、坂本さんは少し考えた後、こう言いました。『確かにそうかもしれないね。でも、それでも挑戦し続けたいと思っているんだ』。
深い感銘を受けました。彼は成功を収めた素晴らしい作曲家でありながら、自然の音が自分の音楽よりもはるかに優れていると認識していて、そして、その美しさに少しでも近づきたいと感じているんです。なんという謙虚な姿勢だろうと思いました」
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MIDIのブースにて
「日本には、彼のように商業と芸術を両立させたアーティストはほとんどいません。坂本さんは、原発そして神宮外苑の再開発に伴う樹木の伐採に反対するなど率直に意見を述べてきました。ヨーロッパやイギリス、アメリカではそうした政治的な発言も許容されやすいですが、日本ではあまり受け入れられなかったかもしれません。でも、彼は革命を起こそうとしていたわけではなく、対話を生み出そうとしていたんです。それは、とても価値のあることだと思います。ポップミュージックを作り続けながら、深い体験を提供するような音楽を作り出す彼の能力は素晴らしいとしか言いようがない。もっと長く生きてほしかった。本当にそう思います」
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――ここにある坂本龍一のアルバムの中から、今聴きたい一枚を選ぶなら?
「『戦場のメリークリスマス(Merry Christmas Mr. Lawrence)』は言うまでもなく彼の最高傑作です。が、あえて、ここでは1985年のソロアルバム『エスペラント』を。僕の好きなソングライターのアート・リンゼイも参加していますね。この数年前にはダンスリーと『ジ・エンド・オブ・エイシア』で古楽に取り組んでいたんですから、改めて坂本さんの音楽に対するひたむきさが感じられてなりません」
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人工の民族音楽を目指した坂本龍一の名盤
『エスペラント』を聴くニックさん
坂本龍一「A WONGGA DANCE SONG」
――私たちの耳は、商業的な音楽を聴くことにあまりにも慣れすぎています。どうすれば音に対する自由でプリミティブな感受性を取り戻すことができるのでしょうか?
「僕も最近、そのことをよく考えています。ワークショップを多く開催するようになってから、アメリカの作曲家ポーリン・オリヴェロスの『ディープ・リスニング』という概念に共感しています。周囲の音に意識を向けて聴くというアイデアです。ポップミュージックが好きでも、常に周りの音には気づいているはず。イヤホンやヘッドホンを外して音の風景に耳を傾けると、もっと深いところで、その美しさを感じることができます。
音を深く聴くことの大切さを知るために、学校などの教育機関で絵画の制作や作曲に加えてリスニングの授業を取り入れるべきだと僕は思います。そうすれば、ポップミュージックを含むあらゆる音楽をより深く楽しめるようになるはず。私たちは『聞く』ことはできても、実際には『聴く』ことができていないんです。僕は現在、桑沢デザイン研究所などの大学や教育機関と協力して、人々に『聴く』ことを促すように働きかけています。こうしたリスニングは人々の健康やウェルビーイング(幸福)にとっても大切なものだと思います」
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――今後、どのようなサウンド・プロジェクトを予定していますか?
「2025年2月には、沖縄科学技術大学院大学の取り組みで、自然音と光を使った実験を行います。SONYの協力で那覇空港内の音響環境を整備するプロジェクトです。ほかに、埼玉の浦和でも建築家の隈研吾氏と協力してプロジェクトを進めています。都心でもDJなどのイベントを開く予定ですので遊びに来てくださいね」
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ニック・ラスコム/Nick Luscombe
サウンド・コレクター(音の収集家)、イギリス国営放送BBCラジオのプロデューサー、ブロードキャスター、DJ、日本とイギリスに拠点を持つ音楽ユニット「MSCTY(ミュージシティ)」創設者。音に関するさまざまなイベントやプロジェクトに参加している。
Instagram https://www.instagram.com/lusconick/
MSCTY www.mscty.space
コール 智子/Tomoko Cole
ライター。興味があるテーマは「遊子異郷客」(根無し草)。どこにも根を持たず同時に根について考える人々に惹かれる。音楽関係の取材ではトゥバ共和国のフンフルトゥ、ヤトハ、ハンガリーのムジカーシュへのインタビューが特に心に残っている。登山と茶道で自分をチューニングできるか試行中。
Instagram https://www.instagram.com/tomoko_cole_work/
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