本橋信宏『全裸監督』【エロティック・ブックガイド】(いぐち)

本橋信宏『全裸監督』(2016年、太田出版) 

バトラー: いぐち

 パッと見て、村西とおるという男に同性の私から魅力を感じない。美男ではない。学歴もない。そんな漢、村西とおるに黒木香を始めとしたAV女優達は惹かれていく… 本書はタイトルの通り、村西とおるを丸裸にして、解剖していく物語。参謀として、村西とおるを支え続けた本橋信宏が村西とおるの半生に迫る。

 村西とおるという男は矛盾を孕んでいる。だからこそ、魅力的。インテリなのに口から出る言葉は奇天烈。高校時代の村西とおるは読書家だった。トルストイ、ツルゲーネフ、武者小路実篤ら、古今東西の古典を読み漁った。知識を吸収するだけでは飽き足らず、近くにあった福島大学の哲学研究会まで議論をふっかけにもいく。にも関わらず…この男から出てくるフレーズは頓珍漢。「ナイスですね!」「ワンダフル!」「あなたのお口はオクトパス」…とてもインテリとは思えない…個人的に好きなのは、「空からスケベが降ってくる」

 また、同じミスで何度も逮捕される迂闊さと、逮捕された時のリスクヘッジの取り方の狡猾さというのも矛盾している。出演希望する女優が年齢を詐称したことで、村西とおるは、児童福祉法違反容疑で逮捕されている。その後も同じミスで逮捕を繰り返している。

 普通なら、女優から年齢確認の為に提出してもらう書類を増やすなりするが、それも怠っている。しかし。村西とおるは、累計前科7犯を犯しながら、一度も実刑をくらっていない。何故か…本人曰く、「私は戦後の大物検事と昵懇の間柄。検事が好きな中島みゆきのコンサートチケットを渡していたからだ」とか。思わぬ「糸」で司法界と村西とおるは繋がっていたよう。

 本書を読んでいて、感じたのは、何より真っ直ぐだということ。「俺はこれがやりたいんだ」と決めたら、絶対に曲げない。村西とおるがAV業界に参入した当時、擬似本番が主流だった。そんな生温い業界を喝破し、本番での撮影に臨む。

 逆に「これはしない」と決めたら、絶対にしない。息子が有名私立小学校への入学が決まり、マスコミから取材が殺到しても、「子供で飯は食わない」と、一切の取材を拒否している。

 無軌道でいて、真っ直ぐ。この危うさにも惹かれていくんだろうなぁ、と。今のAV業界で巨匠として君臨する二村ひとしが村西とおるに「今の私たちに足りないものはなんでしょうか?」とAV業界のイベントの際に問いかけたそう。

 その時、村西とおるは迷わず「前科だ」と答えた。コンプライアンスの枠組みの中で、作品作りに勤むのではなく、何かを打ち壊すような豪快さを求めているのかもしれない。しかし、それは、村西とおるがバブル期にいたからこそ、許された所業。バブルという浮世の時代と一度、寝てしまった以上、コンプライアンスに締め付けられる令和の時代と関係を持つことは出来ない。それでも、令和の時代に今もTwitterから社会風刺する村西とおるという男に、気付いたら、惹かれている自分がいた。

 2019年10月12日のビブリオバトルで本作を発表したかったのですが、空からスケベが降ってくる代わりに大粒の雨が降って来た為、ここに投稿した次第です。

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