こころを、ころすな
夫が、babyちゃん(17歳娘)に、
「5万円あったらなにに使う」
と聞いた。babyちゃんは、うーん、
とちょっと考えてから、
「貯金する」
と言った。
「つまんねえやつだな」
と夫に言われたbabyちゃんは、
「うーん、ふく?」
と言った。
「俺はな、靴」
と返す夫。
こいつ。また新しいベックマンを買う気か。
それが言いたかっただけ?
夫が続けて、babyちゃんに、
「今、おまえが、やったことがいいことが
ひとつある」
と言った。
「なに」
とbabyちゃん。
夫が、こんなことを言うのはとても
珍しいことだ。こどもたちは今まで、父親に
何かした方がいいとか、するな、とか
言われた経験がない。小さい時からずっと、
したいならしたらいいし、
したくないならしなくていい、
と言うスタイルで、夫はやってきた。
それがよかったかどうかは別として。
babyちゃんも、なにかいつもと違うぞ、
という空気を感じとり、真顔で聞こうと
している。
「俳句や」
と、夫。
「はいく。。」
わたしもbabyちゃんも、考えてもみない
答えだったので、きょとんとした。
「おまえは俳句をよむんや。
俳句をよみはじめたら、きっと、
この世界を見る目が変わるぞ。
季節をまず、感じられるようになる。
日常の、いろんな細かいことに
気づくようになる。
それが、今、大事なんや」
babyちゃんのえらいところは、ひとの話を
ちゃんときく、というところだ。
まじめに聞いている。
「一番ダメなのは、受験のことしか
考えられなくなることや。」
と、夫が言ったので、ほうそれはたしかに、
と思う。
美大なので、実技試験もあるbabyちゃんは
ちょっといろいろ大変すぎて、受験に
飲み込まれそうになっている。
なんか、たのしそうでないのだ。
描くのたのしいな、というタイミングで、
試験の日を迎えられたらいいのだが。
これは、美大で二浪を経験している夫が、
わりと本気で、今のbabyちゃんに
足りないものとして、伝えようと思った
事なのだろう。
絵の技術、とかではなくて。
こころをころすな。
という事か。
美大の実技の受験科目は、
学校や学科によっても違うが、
基本として鉛筆デッサンがある。
目の前のモチーフを、鉛筆で描くのだが、
もちろん、受験生全員が、同じモチーフを
与えられて、描く。
なにがモチーフとして出ても大丈夫なように、
いろんなものを描いて練習しておく。
babyちゃんの、今のデッサンをみて、夫は、
「素通りされる絵やなこれは」
と言った。
では、素通りされない絵、とはなにか。
自分の、思い入れのないものを、これを
描いてください、と、ぽんぽんぽん、と
3つくらい渡されて、最初にすることは、
「これの、どこが魅力的で、何を伝えたいか」
を、捕まえることだ。
考える、というより、捕まえる、が近い。
それが、見ている側に伝わって、
初めて、「素通りされない絵」になる。
わたしの受験では、灯油のポリタンクが
モチーフにでた。
ポリタンクと、あと何か2つあったが
わすれた。
灯油のポリタンクの魅力。
まずそこからのスタートだ。
ポリタンクの魅力、、、ううう。
あるか。ある?考えたことある?
ねえ。考えたこともねえよ!
見ろ。よく見ろ。どっかなんかあるぞ。
とひとりで七転八倒する。
んなもんねえよ。
と思っても、むりくりにでもなんか
見つけないといけない。
伝えないといけないのだから。
つまり灯油のポリタンクの魅力を、感じとる
感受性がしんでいたら、おしまいなのである。
私の受験の次の年のモチーフは、
「ゆでガニ」
だった。
ポリタンクの魅力を伝えることに
成功したらしいわたしは、その年、
一年生になっていた。
わたしは、受験生を部屋まで
引率するバイトをしていたので、教授陣が、
あのモチーフを、最終的にどうするか。
と廊下で話していたのを聞いた。
バイト(わたし)にくれないかな、と、少し
期待したが、もらえなかった。
教授陣で集まって、鍋にでもしたのだろうか。
ポリタンクとカニ。
魅力が全然ちがうじゃねえかばかやろう。
わたしの一番すきなものを
教えてやろう。
カニだ。
わたしに、カニをを描かせろ。
誰よりも魅力的に描いてやるから!
冒頭の話にもどるが、つまり、夫が
言いたかった事は、そう言う事なのだ。
感受性をころすな。
感じるこころをころすな。
babyちゃんの俳句。
俳句、よむやろか。
乞うご期待といったところ。