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幻想小説 幻視世界の天使たち 第34話
(ユースフの話)
「その時は、RPGのストーリーに入り込んだと思ったかも知れない。しかしその時もっと多くの幻を見ていると思う。それは仁や陵の家に伝わる悠馬と三郎太の話だと思われるのだ。なぜそれが分かるのか言えば、あのRPGのストーリーをコンバイに提供したのはこの私だからだ。今、仁はRPGのストーリーよりも多くのことを詳細に話した。それは家に伝承されたお話を無意識にトレースしていたと考えられる」
仁は少し考え込んで「確かに」と言った。ユースフは続けた。
「そこで、仁と陵に魔境の伝説のオンライン・ゲームを使って幻視の世界に入り、対馬のどこに銅鏡が置かれたのか確認して来てもらいたい。時間はモニターのスイッチを切れば幻視から抜けられる三十分以内としよう。まず仁に自分のIDとパスワードで魔境伝説に入ってもらい、銅鏡のありかが見つからなければ陵に交替して探してもらう。それを繰り返して銅鏡が置いてある場所が分かれば、直ちに対馬にそれを取りに行き、悟志君を救い出す」
仁と陵はユースフとミカの方を見て、同時に分かりましたと言った。陵がおどけて「幻視の世界か。どんなところかな。ウリグシクよりも良い所かな」と言うと全員で噴き出してしまった。
三十分後、仁はユースフの研究室でパソコンのディスプレイの前に座っていた。仁の後ろにはセナと稜が座り、ミカとユースフはそれぞれ手にメモ用のボードを持って、仁を挟むように立っていた。仁は自分で膝に置いたキーボードを操作して魔境の伝説にアクセスし、IDとパスワードを打ち込んだ。現れた画面は前回、仁が幻視に落ち、セナや稜の手で現実世界に戻った直前のものであった。「慣れているわね」とミカが言うと仁はそれには答えず画面を睨んだまま少しにこりとした。3分ほどするとディスプレイの画面でゲームがスタートした。
ゲームの重低音を効かせたBGMが流れ始めた。画面は前回やったセッションと殆ど同じように思われた。ディスプレイの画面が赤っぽく光り始めた。
仁はディスプレイをじっと見つめた。ゲーム設定の画面がストーリーの場面を映した動画に変わっていた。映像は以前ゲーム上で見たことのある夜の海岸とその向こうに見える暗い海であった。そこに武士の姿をした若者の姿があった。画面は悠馬の目から見える景色に変わっていた。仁は次第にゲームの登場人物に自分の意識を重ね合わせて行った。
―――目の前には、月の光で照らされた群青色の春の穏やかな海が横たわっていた。若い武士はしばらく海を正面に眺めていたが、やがて体の向きを変えて浜を歩き始めた。時折海の方を見ながら歩くと湾の端までたどり着いた。そこには夜の闇の中に陸揚げされている小舟が二艘見えた。
―――仁はここまでは前回やったゲームのシーンと同じだなと思った。しかしあの武士が自分なのだろうか。今一つ不安であったが意識は若い武士のものになっていった―――
若い武士は、少し大きい方の舟の後ろに回り、船尾を押したが、舟はびくともしなかった。それでならばと、今度は小さい方の舟の方に回って船尾を押した。こちらは、彼の力でも少し動いたので押し続けると、小舟は押し出されて前に進み始めた。彼はふーっと一息付くと、顔は下に向け、両腕をつっぱって舟を押し続けた。
舟はがくっという振動とともに、急に軽くなった。悠馬は顔を上げると、船首の先に、日焼けをした若い男がこちらを見てにやっと笑うのが見えた。
「三郎太……、どうしてここに?」
「悠馬様はお考えがすぐにお顔に出るので、夕刻から様子を伺っておりました。で、夜半に、宿から出られるのを見たので、後をつけてまいりました。……それにしても随分と水くさいじゃないですか。」
「すまん。お前を巻き込みたくなかったのだ。もしあれに出会ったら二度と帰れなくなくなるかも知れないからな」
「何をおっしゃる」
―――仁はこのセリフは前にも聞いたと思った。それにしてもこの家来はいやに軽いやつだな。ひょっとする陵の先祖かな――――
悠馬と呼ばれた若者は、顔を少し綻ばせると、再び小舟を後ろから押した。三郎太と呼ばれた若者はあわてて、船首に括りつけた縄を引いた。
暗い砂浜を、二人で大汗をかきながら舟を動かすと、ほどなく波打ち際までたどり着いた。悠馬と三郎太は互いに顔を見合わせると、同時に舟にしがみ付くように乗り込んだ。
悠馬が魯を取ると船頭役になって舟を動かし始めた。
「悠馬さま。船を漕ぐのはこの三郎にお任せください」
「後になったら、替わってもらうさ」と悠馬は、余裕を見せ漕ぎ出してみせた。しかし十掻きほどしたところで苦し気に、顔を少しゆがめてううっと呻いた。
三郎太はそれ見たことかと言わんばかりに、にやっとすると悠馬から魯を引き継いだ。しかしこちらも二十掻きほどすると、険しい顏になって、魯を漕ぐ速度が目に見えて遅くなり、やがて止まってしまった。
悠馬が言った。
「こうして漕ぐのは思いのほか手ごわいな」
三郎太が答えた。
「船頭などは簡単そうに漕いでいるので、私にも出来ると思いましたが、素人には無理のようですね」
「引き返して、明日宿の主に船頭を紹介してもらおうか」
「そうしましょう」
―――仁は思った。なんだ、この安易さは、誰かににている。若い頃の兄貴、いやいや陵の方に似ているか。この世界ではあいつは俺の家来なのかな―――
「あ。いや、待て舟が動いているぞ」
「いけね。流されているようですね」