私の推しが姿を消したとき
私の推しが初めてファン鯖に長いお別れの文章を載せたとき、私はBeatlesのアルバム「Abbey Road」を聴いていた。
次に私の推しが「全部置いていってごめん」とだけ言葉を残して配信アカウントを消し去ったとき、私はちあきなおみの喝采(宮本浩次カバー)を聴いていた。
タイミングがいいのか、悪いのか。
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Beatlesは(実質の)ラストアルバムで、最後にこう言い残して解散した。
こんな歌詞を聴いているときに「全部置いていってごめん」だなんて、本当に黒い縁取りに入った姿を想像してしまったじゃないか。
まあ、だからどうしたという話なんだけど。私に誰かの人生の結末を引き留める権利なんて無いし。何なら私だって、自らの人生をいつ諦めるかわからない人間だし。
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もう2年前くらいになるのかな。友人とLINE通話をしながら、私はスマホ越しに真っ暗な一人暮らしの部屋で泣き喚いて、壁に頭を打ちつけて、「もし自分がこの世から姿を消しても、笑って見送ってね」だなんて伝えて。
その時はもう情緒がぐっちゃぐちゃでさ、話し相手も本気で引いてたよね。「これは本当にやばいやつだ」って。電話越しの、たったひと言の合槌から全てを察せたよ。
そんな紆余曲折があって、でも私は結局まだこの世界に踏みとどまっていて、今となっては、最悪の頃と比べたら、いくらか落ち着いてきたのかな。
だからというわけではないけど、人それぞれ境遇は異なるけど、私は私なりの理由で「この世から姿を消したい」と願った日々が過去にあったから……他の誰かがそう思い立つ心境を、私は否定することなんてできない。そりゃそうだよ。この世界、とんでもなく苦しいもん。
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ねえ、私あなたがこの世にお別れの長文を鯖に載せたとき、何て言葉を返そうと思ってたか知ってる?「さいごに”さよなら”を言えて、はなまるまんてんだよ」って、iPhoneのメモにこっそり書き残したの。
その日は朝から仕事で、職場の最寄駅にそろそろ着く頃かなってタイミングでそのメッセージを読んで、もう、その日の仕事は何も手につかなかったんだ。だって「The End」を聴きながら読んだんだよ?ほんとどんなタイミングなのよ。
今回だってそう。あなたが存在した証拠の一部が全部消えてて、寂しさと哀しさと、あなたへの憤りでいっぱいになったよ。「何で置いていくの?」って。まだテストの採点結果返してもらってないのに。私のために歌ってくれるオリジナルソングもリクエストしたっきりなのに。リアルグッズだって私の手元にはまだ届いてないのに。
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ああ、私って、あなたにこんなにとらわれていたんだ。私の頭の中は、あなたという存在でこんなに支配されていたんだ。言ってた通りだね、「呪いは呪(まじな)い」だって。
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私はまだ心のどこかで「えへへへ〜」と口にしながら姿を現すあなたを期待している。けれどそれが叶わなかったとて、私はあなたのことを恨みはしない。
ねえ知ってる?私って、誰かを待つことには結構長けてるんだよ。あなたの「ゆるしてね」に「いいよ〜」って返せる日を、まだ夢見てるから。諦めてないから。
最後に、あなたは間違いなくわたしの「かみさま」。どんな選択をしようとも、私は私のかみさまの行く末が、幸せなものでありますようにとずっと願ってる。
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……ほら、やっぱり戻ってきてるじゃん。これだから私の推しは。
【私の推しが姿を消したとき】
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