普通の私と私の普通
子供の頃から、スポーツだけは得意だったが
どちらかと言えば
目立たない方だった。
家庭環境に問題があったため
目立たないようにしていた、と言うのが
正確な言い方かも知れない。
小学校、中学校と無難にやり過ごし、
高校受験も、環境のいい郊外の
絶対受かりそうな高校を選んで
受験し、ごく普通の高校生活を送った。
その後就職したが、それすらも私は
自宅から徒歩で行く事が出来る
安定した上場企業を選んだ。
私がいつも心がけていた事は
他人と変わらない、
『普通の人』だ。
下手に目立たった事をして
私の家族や家庭環境に興味を持たれたく
なかったから。
普通に社内恋愛をして結婚。
子供も生まれ、コツコツ貯金しながら
マイホームを建てた。
やがて子供達は自立し、
今、同居人は主人と姑のみとなった。
そして私は無事、普通の家庭で
普通のオバサンになる事が出来た。
しかし
それは本当に自分の望んだ通りの
人生だったのだろうか。
今秋、私は還暦を迎える。
いつも人の陰に隠れるようにして
生きてきたこの私が還暦!
体に染み付いた「普通の人』癖は
還暦を過ぎたところで
そう簡単には変わらないだろう。
しかし今、一つだけ決めていることがある。
それは60歳になったら
髪を赤く染める事だ。
そんな事かと笑われそうだが、
今までの私は白髪染めも
黒か黒に近い茶色にしかした事がない。
髪を赤く染めた先に何があるだろう。
何も変わらないかも知れない。
定年後の再雇用で
今まで通りの会社に通い
仕事をこなし
休日は家事におわれる事だろう。
しかし、初めて髪を赤く染めた新しい私が、
間違いなくそこに存在するはずだ。
超がつくほどのこの田舎で
今まで地味に生きて来たオバサンが
いきなり髪を赤くしたら
周りの人は驚き、好奇の目で
見るかも知れない。
何かあったの、と聞いて来る人も
いるかも知れない。
しかし私はもう恐れないだろう。
髪を赤く染める事は
「普通の私」と言う呪縛への
訣別宣言だ。
これからは本当の私を生きる事にする。
今更私の生い立ちを聞いて来る者も
いないだろうが、
今ならちゃんと本当のことが言えそうだ。
なぜって、
それが私だから。
私の普通だから。
還暦を目前にして、
ようやく気づけたのは
10人いたら10通りの普通があると言うことだ。
私の普通は、
本当は少しだけ目立ちたがりで、
若い頃はアイドルに憧れていた。
私の普通は、
本当はとても怖がりで、
自宅にいても一人きりになると
ソワソワしてしまう。
私の普通は、
正座よりあぐらをかくのが好きだ。
可愛いくもないのにアイドルになりたいなんてとか、いい歳をして一人きりが怖いのかとか、女のくせにあぐらをかくなんてとか
そんな訳のわからない物差しはもはや
どうでもいい。
そんな、私の普通を認めながら
新しい私の普通の人生を歩いていけば
その先にはきっと
私らしい、普通の老後、そして普通の最期が
待っているだろう。
それはきっと私の普通を生き切った
自信と満足に満ちた最期になるにちがいない。