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2020年の春に読み直す、D・デフォーの『ペスト』

最近、何を読んでいますか

先日、マネージャー達と食事をしていて、それぞれの教養的なバックボーンと、読書習慣が話題に上りました。当社(※)のマネジメントだと、マーケティング部長とVPoEの大学での専攻が哲学で、他のメンバーも割と日常的にビジネス書以外の本を読んでいます。ついでに私も、学部の後半から大学院を中退するまで、なんちゃって、哲学でした。学生の頃は、批判的実在論のトニー・ローソンの著作がUKで出版されたり、野中郁次郎の知識創造理論が大学生協でよく売れた時代でした。(今、経済学部や経済学研究科でホットな研究書ってなんだろう?)

※この投稿は株式会社iCAREのCS部長職を勤めていた時期に書かれました

学校を出てから20年弱、私は小さな企業を1社、2社と立ち上げたり転職したりしながら40代になり、読書体験も徐々に大人のそれになってきました。職業上の必要に迫られて読むものが5割、知的好奇心を満たすためのものが2割、買ったけど目次しか読まないものが3割に。体験としては、ワクワクする本に出会いづらくなってきました。

せっかく読むなら面倒臭い本を

41歳の今、読書について改めて思うんですが、同時代に出版された実用書ばかり読むのは学びの時間効率としてそれほど良くないかもしれません。ブログの再構成、口述筆記による出版物がますます増えているので、同時代のマネージャーが書いたブログ読んだり会って話せる仲間を増やしたりした方が、知識習得のサイクルを速められると思っています。幼馴染や学校の同期で、起業の道を選んだ仲間がそろそろ3つ目の会社とか4つ目のプロジェクトを立ち上げており、真面目に交わった方がよい。

これからのリーダーは「知的体育会系」を目指せ。

『美徳の経営』(野中郁次郎、NTT出版)

どうせ読むなら、時代に対する視座をあらためたり、価値判断を鍛えたりできる、ハードで面倒臭い本がいい。最近はそういう考え方で読書をしています。

新型コロナウィルスが日本にやってきた最初の春は、全国の経営者や人事部長が「俄・疫学者」か「俄・歴史人口学者」になる必要がありました。目下の全国の感染者数をどう解釈するのか。まだ大丈夫か、もう相当にやばいのか。手洗い、うがいで感染を予防できるのか、オフィスは安全なのか。歴史に残るパンデミックからの類推は役に立つのか、など。行政だけではなく、ビジネスの現場でも知的なカオスが始まった春でした。行政と住民との関係が急速にバイオ・ポリティクス化してゆくように思われたし、会社の人事総務も、いきなり従業員の健康維持と事業継続を超短期の必達目標として、事業場の衛生管理、メンバーの行動管理、隔離の問題について考えぬいて、全体最適の解を見出すことが求められたのでした。

2020年の春、この本は絶版状態でした

17世紀のジャーナリストの本気

2020年の3月、私の半径1マイルはそんなムードでした。その頃、カミュの『ペスト』が日本で品薄になり始めました。我が家の書棚にはカミュの『ペスト』がなかったので、代わりに、と思ってダニエル・デフォーの『ペスト』を20年ぶりに読みました。これが、非常に面白かったんです。カミュの小説は完全なフィクションですが、デフォーのこれは、彼が幼少期に体験した疫禍を、パンデミックから約半世紀後に、膨大な一次資料と統計表に基づいて再構成した、一種のドキュメンタリーです。(図書館的な分類では小説ですが、原題は、A Journal Of The Plague Year)。

1665年のロンドンを起点に時系列に淡々と記述が続きますが、下記の切り口がユニークで、この情報網の広さが、ジャーナリストであり政府の諜報活動の一部を仕切っていたデフォーならでは。

  • 行政の公式発表と生活者情報の乖離

  • 市井のデマによる物流の混乱

  • 「水際対策」による貿易の停止と、各国の生産活動への影響

  • 隔離と疎開による、都市の小売やサービス業の人手不足

  • 民間企業有志による封じ込めの努力

17世紀の「あの」ペストですから、死亡率が半端なく高く、デフォーの『ペスト』の前半の描写は悲惨極まりないです。後半は一転して、「互助」の態度、「疫学的ファクト」に基づいた行動の事例が多く登場します。疫禍の収束に意味のある貢献をした個人・組織のケーススタディとしても読めると思います。

カオスから距離を取ろう

今回の世界的な疫禍が過ぎた後に、きっと誰かがセンサスとエスノグラフィを駆使して、ビフォー・アフターの大変化がわかる書籍を著してくれると期待するし、セレブリティの行動変化や、街中やネット空間の言説の変化なども、記録として振り返ってみたい。そういう本は1,000ページを超えても読んでみたい。教養的な生き方って、知的なカオスからの距離の取り方ですから。

デフォーの本は売れないのか、2020年3月時点で平井訳の中公文庫版の流通量は、古書のECサイトでも安価でした。しかしその後、歴史上のパンデミックにたいする注目の高まりを背景に、重版され、新訳も出たりして、いつでも読めるようになりました。個人的には、子どものために残したい古典の一つです。

またいずれ、本を紹介するnoteを書こうと思います。次は、コロナ以後の「バイオポリティクス」界隈の議論を紹介したいと思います。


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