イルカの親子が土佐「柏島」に長期滞在。みんなのアイドルに
高知県南西部の太平洋に浮かぶ「柏島」。国内有数のダイビングスポットとして知られるこの島で、野生イルカの親子が4年以上も長期滞在している。周囲約4㌔。2本の橋で陸とつながる島には、季節を問わず国内外のダイバーや観光客が訪れる。海の向こうからやって来たイルカは、今日も穏やかな湾内を泳ぎ、気ままな暮らしを楽しんでいる。
幡多郡大月町の柏島は人口約500人。断崖が続く海岸は複雑な地形を見せ、海中に珊瑚が群生する。
海の透明度は極めて高く、沖に少し出るだけでダイビングができる。外海と隔てられた湾内には、モザイク模様のようにマグロの養殖いかだが並んでいる。周辺海域は魚影が濃く、島は昔から漁業で栄えてきた。
対岸の山頂にある「大堂山展望台」に立つと、海に突き出したような島が一望できる。人家や宿泊施設は島北部に集中し、南部は人を寄せ付けない切り立った絶壁になっている。
橋の上からイルカを見下ろす
島に向かって県道43号を走っていたら、砂浜でカメラを構える人たちがいた。車を降りて「柏島橋」に急ぐと、港に係留された漁船のすぐ近くを2頭のイルカが泳いでいるのが確認できた。
イルカは潜水と浮上を繰り返し、狭い湾内を休みなく移動している。船着き場には人もいるが、まったく気にしていない。
橋の長さは100㍍ほどか。欄干に体を寄せ、カメラでその動きを追った。
島を訪ねたのは6月4日。干潮なのだろう。水深は橋の下で2㍍を切っている。それでも、イルカの動きは素早い。砂浜には、高倍率の望遠レンズを一眼レフカメラに付け、本格的な撮影をする男性もいる。
数分後、イルカは船着き場から方向転換し、私がいる橋に直進してきた。
橋は高さ5㍍ほどしかなく、二頭の背中がはっきり見える。飛び込めば、背中に乗れそうな距離感だ。体長は2㍍を超えている。流線形でスマートな体形がかっこいい。
私はこれまで、何度かホエール・ウオッチングでイルカと出会っているが、こんな状況は初めてだ。人間を恐れていないのだろう。海底の岩を巧みに避けながら、きびきび泳ぐ姿は競泳選手を思わせる。
南の海から来たお客さん。なぜ、長期滞在
2021年12月4日付けの朝日新聞によると、柏島の変わったお客さんは2019年11月、海の向こうから柏島に現れた。種類は「ミナミハンドウイルカ」で、母イルカが子イルカを連れてきたという。
親子は体の特徴などから、以前は熊本県の天草の海にいたことが分かった。長い旅をして柏島にたどり着き、4年以上も滞在しているのだ。
専門家は、親子が居付いた理由について、柏島の湾内は穏やかで荒天が避けられることや、周辺にえさが豊富で暮らしやすいことなどを挙げている。
人口の少ない柏島では、イルカにちょっかいを出す人もおらず、観光客らは刺激しないよう一定の距離をとっている。外海で敵に襲われる心配をするより、ストレスのない島暮らしが気に入ったということだろうか。
のんきに泳ぐイルカを見ていると、なんだか幸せな気分になる。地元の人たちは、慣れ切っているのだろう。
すぐ目前に現れても「また泳ぎゆうがか。おまんらも暇やな」と、笑っている。イルカというより、かわいい猫でも見るような表情だ。
母イルカは「カシワチャン」、子どもは「シマチャン」と呼ばれているのだとか。まるで、童話の世界の主人公だ。
湾外は荒々しい海。イルカの旅立ちはいつ
1時間近くもイルカに見とれた後、再び橋を渡って陸側に戻った。柏島から5分走ると、県道の右側に「観音岩」の登り口が見えてくる。ここは屈指の絶景スポットだから、絶対に見逃せない。階段を100㍍歩くだけで、忘れられない眺めが広がる。
観音岩は恐ろしいほどの断崖絶壁に囲まれ、海上に立っている。高さは約30㍍。岩の形が観音像に似ていることから、この名前が付いた。遊歩道の一歩先は垂直に切り立っている。落ちたら、岩場まで真っ逆さまだ。高所恐怖症でなくても、思わず足がすくんでしまう。
伝説によると、1638(寛永15)年の「天草の乱」で敵弾に倒れた慰問使雨森九太夫は、柏島に向かう船中で重体になった。その時、観音岩は光を発し、船を港に導いたという。
神秘的な観音岩は、はるかな海原を見渡している。水平線は緩い弧を描き、ボールのような地球の形をイメージさせる。
イルカの親子はいつか、柏島を去り、果てしない海に旅立っていく。観音岩はきっと、その後ろ姿を優しく見送ることだろう。
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