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宇宙は何故まわっているのですか?

「宇宙は何故まわっているのですか?」


貴方は廊下で私を引き留めた。
「こっちへ来てご覧。」
水道に私を誘い、全ての蛇口を全開にして、貴方は言った。

「こういうことだよ。」

貴方とふたり、ぐるぐると渦巻く水流を見下ろした。
私は貴方に、恋をしていた。


貴方はいつも授業にプリントを使っていて、最後にそれを回収するスタイルをとっていた。
そのプリントの最後には質問欄があり、たった一言でも貴方と交わしたい私は、毎回無い知恵を絞って質問を考えていた。
貴方はいつも、丁寧に回答し、返してくれた。

いよいよ質問もネタが尽き、何となく書いたのがあの質問だった。 
それが何年も経った今、私の心に残っているとは先生、思わなかったでしょう。
私だって、思っていなかった。


貴方は丸刈り頭で、お坊さんの様な見た目をしていた。
エラが張った大きな顔を、生徒達から、おにぎりと揶揄されていた。

先生、貴方はある日大変難しい、教科書にもない内容について私達に問い掛けた。
勿論私は、答えを知っていた。
手を挙げなかったのは、恋心が邪魔をしたから。
誰も手を挙げないものだから貴方は、入り口側から順番に生徒をひとりひとり指して、
「わかるか?」と問うていった。
私はハラハラした。
誰か答えてしまうんじゃないか、と。
その当時入り口から一番遠い窓際の席だった私に回答権が回ってくる頃には、貴方は「解りません。」を聞きすぎて少し投げやりになっていた。
正解をズバリ答えた私に貴方は、本当に嬉しそうに、
「その通り!!!!」
と言った。
あんなに興奮している貴方を見たのは、後にも先にもあの時だけだった。
どんな形であれ、大好きな貴方の感情を揺さぶることが出来た私は、こんなに時が経ってもあの時の感動を、忘れない。

あの時貴方はとても喜んで称賛をくれたけれど、特別なことをしたつもりはないの。
だって、当たり前なの先生。
貴方の水晶体に少しでも映りたくって、貴方に少しでも近付きたくって、教科書も資料集も隅から隅まで読み尽くした。
貴方の事を知るつもりで、貴方の愛する学問を愛したのだもの。


もうひとつ忘れないのは、夏休み。
塾に行かない私は受験問題の質問を、いつも直接貴方にしていたものだから、夏休みも行き詰まったらいつも貴方のいる職員室を訪ねた。
ある日差し入れに菓子折りを持っていったとき貴方が何となしに口にした、
「可愛いねえ」
を私はきっと灰になるまで忘れない。
それが、大人の立場から子供に対する"可愛い"であって恋愛ではないとわかっていても、その言葉は私が受験を駆け抜けるための無限のガソリンになったことは間違いない。


最後に、懺悔。
先生、修学旅行で貴方の写真を隠し撮りしたのは、私。
「一緒に撮って下さい。」
と、頼むつもりで貴方に近付いたのだけれど、散々鏡で笑顔を確認して挑んだのだけれど、貴方を目にした途端鼓動が暴れ出し、足が逃げ出してしまったの。
だから見えなくなる前に、咄嗟にシャッターを押しました。
ごめんなさい。

カメラを抱き締め部屋に戻った私は、正しく茹でられた蛸の色をしていたそうだ。


私は今でも、あの瞬間を忘れない。

どんな星空より輝いて見えた、あの水流を忘れない。

私は今でも、貴方へ抱いた情熱を忘れない。

恋はもう現在ではなく、完全に過去だけれど、
現在の私の心の奥底に色を持ったまま居座っている。


ねえ、おにぎり先生。




#忘れられない先生

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