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炊き込みご飯の香りはおいしい思い出につながっている
ようやく秋らしくなり、朝方には寒いくらいの日がやってきた
認知症の父が長い待期期間を経て夏に施設に入ってから、我が家の食事の風景は少し変わった
炊き込みご飯を作ることが多くなったのだ
父は白米を好んでいて、炊き込みご飯は好きじゃなかった
なので母もたけのこご飯以外はあまり作ってくれなかった
私の食生活の中であまり身近な存在でなかった炊き込みご飯だが、数年前の初夏にご近所さんからいただいた鶏五目の炊き込みご飯によって変わった
それは普通の鶏五目の炊き込みご飯とは違う、食欲をそそる爽やかな香りがした
「実山椒、分けてくれたでしょう?それを炊き込みご飯に入れて炊いたの。
すごく良い香りがするでしょう?」
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私は5~6月になると実山椒を出荷している
買ってくれる人はだいたい種が白い若い実は佃煮に、種が黒くなってきた実は山椒醤油などにすることが多いようだ
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我が家では出荷の最盛期に料理することは難しいので大体洗ってからそのまま冷凍保存して使っている
(本当は茹でて灰汁抜きしてから冷凍保存する方がいい)
ご近所さんから「実山椒をぬか床にいれたいので少し分けてくれない?」といわれて「どうぞ、どうぞ~」と何も考えず渡したところ、炊き込みご飯になって返ってきた
田舎では物々交換が当たり前に行われるけれども、たまにわらしべ長者のようにこちらにとってうれしいものに変わることがあって楽しい
いただいた炊き込みご飯がおいしくて自分でも少しずつ作り始めたのだけど
炊き込みご飯の魅力は何といっても"香り"にあるような気がする
炊飯器を開けた瞬間にふわ~っと湯気といっしょに立ちのぼる香りの洪水に思いっきり吸い込んで「はぁ~…」と恍惚のため息がこぼれてしまう
食べたいけど、食べる前においしいを目いっぱい感じているようだ
香りには2種類あり、食べ物を口の中に入れる前に鼻で感じる香りは「鼻先香」、食べ物を口の中に入れたあとに感じる香りは「口中香」と表現します。
多くの人たちは、香り成分が鼻先から嗅上皮に到達して感じる「鼻先香」だけを「香り」と言っています。
そのため、口の中に食べ物を入れたあとに感じる香り(口中香)と味を、まとめて「味」と表現しており、間違った使い方をしています。実際には、食べ物を口に入れたあとにも、香りを感じているのです。
「鼻先香」の場合には、食べ物を口に入れる前に、私達に食べ物の存在や、食べ物の種類を教えてくれます。
「口中香」は、食べ物を口の中に入れたあとに感じる香りですが、「鼻先香」と同様に、食べ物が何であるか、食べ物の種類を教えてくれる働きがあります。
鼻先香と口中香については何かで知ってうろ覚えしていたのだけど今回noteを書くこと際に調べてみて納得した
つまり炊き込みご飯は匂いでおいしくて、食べてもおいしい!
(いや、ほとんどの食べ物はそうだろう)
こんなにおいしいのに父はどうして炊き込みご飯があまり好きじゃなかったのかな…と考えたとき、ふと思い出したことがある
以前東京駅でお土産にお弁当を何種類か買ったとき、父は迷うことなく深川めしのお弁当を手に取ったのだ
「え?炊き込みご飯嫌いなんじゃないの??」
私が食べようと選んで買ってきたのにそれは父の胃の中にあっという間に納まってしまった
戦後を生きてきた父にはご飯の中に具を入れて炊いて、さらにおかずも食べるなんて
もしかしたら、ものすごい贅沢のように思っていたのかもしれない
介護している時は考えている余裕もなかったのだけど
もしもっとはやく気づいていれば作って食べさせてあげたかったような、
でも作ったら「やっぱり白米の方がおいしい」なんていわれたかもしれないな…なんてどうしようもないことをときどき考える
私が最近よく作るのはあさりと生姜の炊き込みご飯だ
冷凍のあさりと千切りした生姜をたっぷりいれて、香りづけに冷凍した実山椒を数粒散らし、白だしと酒で味を調えてから炊く
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健康のためにもち麦も入ってます
炊きあがったご飯を思いっきり嗅いで、お茶碗によそいで食べるとき
「おいしいな」と幸せな気持ちになる
そんなときの私はきっと深川めし弁当を食べていた父と同じ顔をしているのかもしれない