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わが覚悟をみよ (小説:1日31音更新)

 昨今の世は、不安の時代である。この不安は、ネット社会を反映した、現代人の動揺ではないか。ネット社会は「ふつうが何か」を可視化した。さらに、ふつうの人生にはどんな修羅場があるかを可視化した。
 ちょっと見えるから、不安がるのである。ふつうと違うことも、近未来の修羅場も、ネットをひらけば直ぐにわかるから、自分がふつうなのか、修羅場でずっこけないか、後ろ向きな想像をたくましくして、胸のつぶれるような寒気に浸れてしまう。
 かと言って、ネット批判に帰してしまっては芸がない。小林秀雄の言うように、技術は悪ではなく、問題なのは使いようだろう。
 不安の処方箋は、覚悟である。(精神論めいているが、これ以外に何があるだろう?)  何が起こるかわからないことを平気でやってのける覚悟である。不安に駆られても強いて事を進められる意志である。
 しかし、言うは易しだ。いくら言葉を積んでも焼け石に水であろう。著者自身、気概を見せる時が来た。みずからを不安そうな状況に追いやりながら、力強い覚悟を示す時が来たのだ。
 一日一行ずつ、書いてみたい。まるで、古代ギリシャの叙事詩のように、一行ずつ改行してしまおう。どんな作品になるかなど、誰も知らないし、ネット空間は不得手の跡がみえてしまって、推敲を前提にした書き手からすれば、舞台俳優さながらの本番勝負かもしれない。だがいつ死ぬかもわからない人生に、不安だの恐怖だのを前に持って来ないで、我を忘れるくらいに手に汗握ったほうが、生きていて面白くないか。

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わが覚悟をみよ


のパリに住んでいたとき ひたはしる飛行機雲をいくたびもみた (8/7)
天に架かったその雲は 暮れる陽射しに金いろの湯気を立てていた (8/8)
ともすれば夜のとばりに ススキのような涼しい色を縫っていた (8/9)
ほのぼのと日の昇るころ ぐらついたおぼろな線を光らせていた (8/10)
幾千の飛行機雲が 私の視野を過ぎ去った はやく 淋しく (8/11)
ああこの屋根裏部屋に 何人が来て何人が去っていったことか (8/12)
天窓のそばに寝転び 恐ろしいほど空っぽな部屋をみていた (8/13)
「さみしさは 飛雲のごとく」 芯の砕けた鉛筆で壁につづった (8/14)
無性に腹が空いてきた 頬をこすってよれよれの外套がいとうを着た (8/15)
秋だった アパルトマンを出てみると 紅い枯れ葉が道に流れた (8/16)
ホームレスがくしゃみをした 彼女の握っていた缶は空だった (8/17)
その缶に1ユーロ硬貨を入れた 「ああお前さん いつも悪いね!」 (8/18)
「訳ないさ」 手を振ってから微笑んだ 偽善だろうか それでもよかった (8/19)
彼女は1ユーロを得た 焼きたてのクロワッサンがひとつは買える (8/20)
なけなしの金であれ死に近づいた他人のために使いたいのだ (8/21)
疾風が吹いた 私は風に流されぬよう歯を噛んで踏ん張った (8/22)
ケバブ屋で一番安いケバブを買った 温かい生地を抱いた (8/23)
ケバブを抱いてフランソワ・ミッテラン図書館駅のそばを歩いた (8/24)
なんとはなしに哀しくてセーヌの風の吹き付ける頬を濡らした (8/25)
図書館にくっ付いている波動のような橋に靴をこすった (8/26)
木の板の隙間から底の見えない涼しく暗い流れがみえた (8/27)
私の顔が流れの中に浮いている 淋しさにため息がでる (8/28)
橋の手すりに腕を組む ケバブをかじる 汁の合間に熱を感じる (8/29)
大聖堂の火災の日 天翔あまかける火焔かえんの粉がここからみえた (8/30)
ガラスから噴き上がる火は 私の骨をひたはしる熱に変わった (8/31)
この身の最も古い血潮がどす黒く渦巻くように思われた (9/1)
血の泡の破れるほどに色褪せた母の記憶がみえてきた (9/2)
母の目は閉じていた あおむらさきの隈を浮かべて苦しんでいた (9/3)
寝苦しそうに熱を吹いては私のことを高らかに呼んでいた (9/4)
想われすぎる怖さとは何だろう 呼ばれるほどに身は冷えてきた (9/5)
私は母の手を取った 痩せこけた皮膚に真っ白な毛がゆれていた (9/6)
母をこれまで支えた骨に謝するように手の甲に接吻した (9/7)
光達こうたつや」「母さん、なにさ」「おたがいに、老いちゃったねえ」「誰しも死ぬさ」 (9/8)
「死ぬならいいね」「そうなのか」「老いがさみしい。生きていて朽ち果てるのが」 (9/9)
「そりゃあね」「会えずじまいで、さびしかったさ。老いた姿の怖いこと」 (9/10)
「何だっていいじゃないか。顔中にしわが増えても、会えるのならさ」 (9/11)
「老いの怖さは、人生のかけがえのない供を忘れるアホくささ」 (9/12)
「忘れるって? どこのどいつを忘れたのさ?」「光達を一度忘れた」 (9/13)
実の息子を片時であれ忘れたことを私の母は詫びた (9/14)
忘却より覚めたとき私の老いに打たれたと母は嘆いた (9/15)
忘れられたと思うほど真に切なる冷えが身にひびきわたった (9/16)
あたりまえだと認めて止まない私の誕生がかすれていった (9/17)
私の母は私の手をよわく掴んでそのまま何もしなかった (9/18)
母は私が《今ここに在る》ことを認めるべく爪を立てだした (9/19)
かすかなる爪の痛みは私の肌に烈しい熱をこめていた (9/20)
母は再び目を閉じた 満月があおむらさきの隈を照らした (9/21)
月の照る港から滑りだされたボートのような体であった (9/22)
佇んだままススキをゆらす夜風を浴びた 額の汗にしみた (9/23)
母の愛する籐椅子とういすにたおれこみ母の命を考えていた (9/24)
フランス窓に朝焼けの鎌倉の海がまっしろに波うっていた (9/25)
サーファーたちは沖から波に乗ると岸まで爽快に滑っていた (9/26)
この部屋は静かであった 母の寝息のほか何も音がしなかった (9/27)
音がせずとも時は流れた 樹の影が寝室に流れていった (9/28)
黄昏に目覚めた母はひどく哀しげに「あなたは誰?」と聞いてきた (9/29)
冷えてきた大気に響く声だった 母のひとみにおびえがみえた (9/30)
眠りから醒めたばかりの眼であるが身を射るような光りがあった (10/1)
「光達さ」 小さく息を呑み込んだ 「母さんの子さ」 私はやっとそれだけ言った (10/2) 
「息子だと?」母の震える眼光は恐れおののき驚いていた (10/3)
母のひとみは日暮れのようにあおぐろく冷め果てて虚ろになった (10/4)
記憶の海に深く潜ったかのように蒼白のまま押し黙った (10/5)
母は鼻翼を血いろに染めてケラケラと声高く笑い始めた (10/6)
「わたしは、ほんと、ばかだねえ、実の息子を忘れるなんて、ばかだねえ」 (10/7)
私の母は額のしわを深くして奇怪な笑みをし続けた (10/8)
「思い出したの?」 母は小さく頷くと哀しげに口をすぼめた (10/9)
「光達や」「なにさ、母さん」「おたがいに、老いちゃったねえ」「……そうさ、老いたよ」 (10/10)
「光達はやんちゃだったね。この屋根裏につづく梯子はしごにもたれてた」 (10/11)
私の母はベッド脇より延びる白い梯子をながめやり (10/12)
すり減った梯子の段にかけられたわが子の足をみとめてみえた (10/13)
蒸し暑い屋根裏部屋を降りたあと梯子の下で汗を垂らして (10/14)
網戸をぬける夕暮れの涼しい風を全身に浴びていたのだ (10/15)
「屋根裏に窓があるだろ。西側に、正方形に澄んだ窓がさ。 (10/16)
あすこから、甲府の山が見えるんだ。黄昏時はきれいなもんさ」 (10/17)
「ああ、アルプスの山脈だね。光達は、山なんか見てたんだねえ。 (10/18)
物好きだねえ。狭くて暑い屋根裏部屋で、山を見て、おもしろい?」 (10/19)
「屋根裏で眺める山はいいもんさ。麓の澄んだ空気というか、 (10/20)
山肌の味わいというか、見れば見るほど、心に沁みて、おもしろい」 (10/21)
「おもしろいねえ。そういう時は、大事だよねえ。なあんにも、ならずとも。 (10/22)
山が心に浮かぶなら、ほっとするねえ。山は静かで確かだね」 (10/23)
けれど私は山よりも空ばかり見上げる人に変わってしまった (10/24)
あやふやに移ろってしまう天空に身を開け放す人になった (10/25)
私は母のベッドの脇の擦り切れた梯子に足をかけていた (10/26)
梯子の段を駆けのぼるほど子供時代の高揚感につつまれた (10/27)
屋根裏部屋に達するとうすれかかった太陽光に充ちていた (10/28)
肉体がうすれるようなだいだいいろのあいまいな世界であった (10/29)
そんな世界に子供時代の足あとが燦々と光ってみえた (10/30)
大人になった私の足はその光る足あとを熱く感じた (10/31)
天を仰げば手のあとが木造の屋根に無数に光ってみえた (11/1)
私は部屋に湧いた光りのあとにたちまち埋もれるようだった (11/2)
屋根裏のたくわえていた記憶の熱に焦がされる気分であった (11/3)
ひときわ淡い光線が私の顔を彫るように降ってきていた (11/4)
とっぷりと甲府の山に沈んでしまった太陽の名残であった (11/5)
紅雲こううん棚引たなびくなかに藍いろの富士山が鎮座していた (11/6)
この両眼はぽたぽたと涙を落とし富士山をながめつづけた (11/7)
私の淡く浮ついた生きざまにたしかな山は沁みるのだった (11/8)
私は澄んだ空を飛ぶ枯れ葉のように陰うつな二十歳であった (11/9)
足あとの光らない不安ばかりを追いかけ回す学生だった (11/10)
疲れた顔は塩枯れた青菜のようにあいまいに老けていた (11/11)
詩の創作に耽っていて痩せた腕には血管が浮きのぼっていた (11/12)
大学はほとんど行かず根津の洒落たカフェの机で詩を書いた (11/13)
私の詩は飛行機雲を思わせるあいまいな直線に充ち満ちていた (11/14)
ある夢にひたはしる青年たちが不安のあまりふらつくように (11/15)
曲りくねってぼかされつつものびあがってゆく線ばかり尊んだ (11/16)
つまり私はかばねのように腐るしかない静物に飽きていて (11/17)
はがねのように槌に打たれて変形をよくする線を尊んだ (11/18)
それは愚かな青年の性急過ぎる変化への切望だった (11/19)
だが現実は生活の退廃に帰するばかりでやつれていった (11/20)
詩は七彩の変化に富むが精神は灰いろにくたびれていった (11/21)
そんな私は原稿を鞄に入れて編集者に会いにいった (11/22)
編集者の女性は湯島の古いバーで私を待っていた (11/23)
「おねがいします」 くたくたにうなだれながら背を低くしてお辞儀した (11/24)
「律儀なんだね」 女性はにべもなく手元の杯をぐいとやっていた (11/25)
「詩は持ってきたの?」 女性は文字のほか興味はないという顔をした (11/26)
「はい、十遍ほどを」 鞄よりくしゃくしゃの紙束を引きりだした (11/27)
女性は紙束に殴り書かれた詩のタイトルにしばし見入った (11/28)
『わが覚悟をみよ』であった 気のめられた毛筆の太字であった (11/29)
女性はきれいな指で折れて汚ない紙束をめくっていった (11/30)
女性の渇き切った眼に詩はいかほどのうるおいをもたらしただろう (12/1)
おずおずと女性の両眼の中を覗いたものの何も見えない (12/2)
女性は深くうなずくとこうひと言を吐き捨てた 「才能がない」 (12/3)
私は何の反論もせずその声を冷たく深く味わった (12/4)
目の前のすべてが黒く染め上げられて何も見えなくなっていった (12/5)
その声はがたかった 詩のことを指しているのか分からなかった (12/6)
才能をはっきりと示せないまま時間だけがわびしく散った (12/7)
やがて詩で脚光を浴びる私の夢が青にびにくだけていった (12/8)
私はそこで気に充ちていた生のかすれる空しさをみ締めた (12/9) 
言いようのない怒りを以て女性をにらみつけ泣きそうになった (12/10)
女性は哀れみもなくキレのあるジントニックをごくごく飲んだ (12/11)
女性の喉ははげしく波打ってグラスの底の泡さえもかわかした (12/12)
私にはこの冷酷な女性が世のすべてだと錯覚された (12/13)
「才能がない」という無慈悲むじひな宣告が重みをもってよみがえった (12/14)
そして私の詩へとじょうことごとく下ろされる音が聞こえた (12/15)
詩は陽を浴びずに地下室の奥底でかびに喰われて朽ち果てるのだ (12/16)
そう思うたび私の口が恐ろしく震えては歯をきしませた (12/17)
女性はミント風味の煙草を噛んで吸い込みながら火を付けた (12/18)
女性は煙を吐いて詩の原稿を生膝なまひざでめくり始めた (12/19)
私は顔を赤らめた 「才能がない」と言い切られた詩のはずが (12/20)
またしても女性の手に握られて時間をかけて読まれ始める (12/21)
これっきりで先の悩みは晴れていき天にも昇る心地にいたる (12/22)
恥じらいを覚えずにいられないのだ 私の顔は怒りで赤い (12/23)
「あなたさあ、何も言わない、なんてねえ。よっぽどの意地が、あるんでしょう」 (12/24)
女性は意地悪そうにくすりと笑い詩から私に目を上げた (12/25)
「意地なんか、ない」 何も言わないのではなく何も言えないだけだった (12/26)
「下手か上手いか、自分でも分からないです。上手くないなら、出直すさ」 (12/27)
「この次は、上手く書けるの? 意地悪だけど、才能は、意地ではないの」 (12/28)
「どうだろう。詩の推敲を続けていけば、美しい詩になるでしょう」 (12/29)
「推敲を甘くみすぎね。それで、この詩は、どれくらい推敲したの?」 (12/30)
「何もしてない。毎夕に、三十一音ずつ綴ってそのままさ」 (12/31)
「ふうん、そう。へんな書き方。どんな経緯でその書き方を選んだの?」 (1/1)
「…‥生きた証を刻々としるすこと。……生きる覚悟を指し示すこと。 (1/2)
詩ならできると考えたのさ。生命をふりしぼる詩ならできると。 (1/3)
たとえ下手でもね、このひと筆が、命なのだと、信じ切って、しるしたさ」 (1/4)
うつけのような私にもとうとうと語れることがあるようだった (1/5)
女性は私を値踏みするかのように切れ長の眼を向けていた (1/6)
吸殻をおしつぶしつつ手のひらに舞う火の粉を払い落とした (1/7)
「考え方はおもしろい。でも、生命の烈しさが詩には出てない」 (1/8)
私の顔は地に落ちる凧のように哀しげで張りがなかったが (1/9)
心の張りは炎を抱いて飛び上がる気球のように膨らんだ (1/10)
生命の烈しさがないだと? なぜだ? 詩の生命は烈しいはずだ (1/11)
眼に火を宿し女性に猛然と反発したい気概がわいた (1/12)
「それは、違うな。こんな詩だけど生命は燦然と散っていますよ」 (1/13)
女性は青いまぶたをぴくりとさせて両手で拳固をつくった (1/14)
蝋燭の炎心のようほの暗い目をこちらに向けた (1/15)
「……闘いたいの? 詩の生命を巡ってなら、気をふるって闘うの?」 (1/16)
私は蛇ににらまれた蛙のようにすくみかけるが眼は燃えていた (1/17)
「詩が死んだとき、自分も死ぬさ。生命線さ。詩が、自分のね」 (1/18)
「ずいぶんと、力を込めてしゃべるひとね。雑草色の顔をして」 (1/19)
「道半ばでな、死に臨んだら、覚悟をもって、生きようと語るだろ」 (1/20)
私の胸に激するものが沸いてきた 女性は息を荒げた (1/21)
「でも、それは、詩の才能が無かったとしても、語り続けて行けるもの?」 (1/22)
「才能は無くてもだ。この本心をだますようなら、死んでみせるさ」 (1/23)
「世は厳しいの。才能だけが、ものを言う。生きがいも灰と散りうる」 (1/24)
「それでもな、やり続けるさ。磨き続けて、光らせる、覚悟があるか」 (1/25)
「あなたには極めて熱くほとばしる想いだけしか感じられない」 (1/26)
「それがこの詩のはらむ生命なんだ。生を光らす者の熱さだ」 (1/27)
「純粋すぎね。生きるには世を騙す狡賢ずるがしこさが求められるの」 (1/28)
「世を騙してもいいだろう。だが、本心を騙したら、死んだも同じ」 (1/29)
「なら本心を見させてよ。詩に生命の烈しさが感じられない」 (1/30)
「またなのか。何が何でも詩に生命の烈しさがないと言うのか」 (1/31)
「真実ならば、告げないと。真の詩人は、もっと劇烈に、書いていた」 (2/1)
「比較など、意味をなさない。詩はここにあり、生命は、たしかにあるぞ」 (2/2)
「ほんのかすかに、あるばかり。いくら言えども、死に損ないのから元気」 (2/3)
「命を賭して書いたんだ。空元気でも、烈しいものは、字に宿る」 (2/4)
「字は真空のフラスコよ。字の内側のどんな叫びも届かない」 (2/5)
「だがフラスコを熱烈に重ねたら、思わぬ意味が時には浮かぶ」 (2/6)
「フラスコを積む技術次第ね。空っぽを空っぽにしない技術力」 (2/7)
「技術は、後付けさ。覚悟がないと、字は風化して空っぽになる」 (2/8)
「字の風化? 覚悟があれば、字はずっと中身を持って残ると言うの?」 (2/9)
「そういうものだ。覚悟は、にじむ。字に宿り、文にみ、文脈を生む」 (2/10)
「覚悟覚悟と何回も言うけれど、あなたのどこに覚悟があるの?」 (2/11)
「覚悟とは、遺したものに宿るもの。すなわち詩こそ、覚悟の証」 (2/12)
「あなたの内に覚悟はないの? 『覚悟してます』の『覚悟』は、どこにある?」 (2/13)
「覚悟を口にすることは簡単なのだ。覚悟とは、行為に宿る」 (2/14)
「行為……。覚悟は何かを成して花開くつぼみのようなものかしら」 (2/15)
「開くほど散るものさ。死にのぞんだまま事を成せるか、それこそ覚悟」 (2/16)
「そうやって、詩のために死に臨めたの? 覚悟はここに滲んでいるの?」 (2/17)
「書くだけで死に臨めるのか、難問だがな、創作は死を見る旅さ」 (2/18)
「淡い言葉ね。死を見るなんて。創作で、ほんとうに、死に臨めるの?」 (2/19)
「死を見ることは、死に臨むことになる。常に死にゆく今を見るから」 (2/20)
「創ることから、何を通して、死を見つめ、死に臨むとこまでいくの?」 (2/21)
「創るほど、滅びることを、意識する。その滅びこそ、死のことなのさ」 (2/22)
「そう言うのなら、滅びを見れば、作品に覚悟を注ぎ込めるもの?」 (2/23)
「死を見つめ、死に臨んでは、生死を賭けて、穴に跳ぶ、これが覚悟だ」 (2/24)
「……その気迫、あなたのことを、認めてあげる。でも、あまりにも、破滅的」 (2/25)
「それは認める。この腕は、骨と皮だけ、あばら骨さえ、浮き出てる」 (2/26)
「ご飯、ちゃんと食べてるの? 生きるためには、温かい、ご飯がいるわ」 (2/27)
「無念なもんさ。お金がなくて、電気もガスも水道も止められて」 (2/28)
「今にして、あなたの覚悟、なんだかわかった。死なないで。生きないとだめ」 (3/1)
「そりゃあ、図太く、生きるつもりさ。詩を書いて死ぬなんて、洒落にならない」 (3/2)
「でも、詩を書いて、死んでもいいって、思ってるんでしょ? ほんとうは、死にたいと」 (3/3)
「やりたいことをやって死にたいよ。現代の古典を書いて死にたいな」 (3/4)
「言ったわね? やりなさい。わたしなんかに振り回されず、やり遂げなさい」 (3/5)
「ありがとう。でも、卑下することは、よくないな。あなたしか、あなたはいない」 (3/6)
「しょせん、わたしは、編集者。最後はね、書くひとが、やり切れるのか」 (3/7)
「いいや、あなたの痛烈な言葉から、覚悟が何か、再考できた」 (3/8)
「そう? ひどいこと、たくさん言った気がするの。ほんとうに、ごめんなさいね」 (3/9)
「……調子狂うね。私はただのしがない詩人。叱られてなんぼだよ」 (3/10)
「いいえ、きっぱりと謝るわ。非があるときは、謙虚に、きっぱりと」 (3/11)
「認めてくれたんだからさ、恨みはないよ。言うべきは言うべきなのさ」 (3/12)
「やさしいひとね。でも、この通り、謝るわ。礼を尽くしておきたいの」 (3/13)
女性は席から立つと私のそばに寄ってから頭を下げた (3/14)
真冬であった 女性の体温が間近にあると肌身に沁みた (3/15)
えりあしに立ち昇る女の湯気はほのかに甘く清潔だった (3/16)
「頭上げてよ。こっちはとうに許してるしさ。別のこと話そうぜ」 (3/17)
女性は顔を上げると丸い瞳が輝石のように燃えていた (3/18)


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