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オール・ディス・タイム②

Kは3個下のサークルの後輩だった。

俺の入っていた映像制作サークルは3年次に引退となるので、本来であればそんなに関わりをもたない学年だった。ただ、すでに複数年の留年が決まっていた俺は(映像制作に夢中になりすぎたのだ)、暇を持て余しちょくちょくサークル部屋へと顔を出した。Kともその時に少し話をしてたと思う。背が高くて胸の大きい女の子だな、という印象だったと思う。背が高くて胸の大きい女の子は俺のタイプなのだ。

そのうち、NがKと付き合ったという話を聞いた。Nにとっては生まれて初めての彼女だった。Mはじめ、Nの学年の男連中はそのことに喜んでいた。Nは性格が良いのだ。
それから半年後ぐらいだったと思う。Nと同学年で、Nの親友であるSから鍋に誘われた。彼の家に行くと、何人かの男の後輩とKがいた。Nはおらず、女の子はKだけだった。すこし首をかしげたが、女の子1人だけで参加することはうちのサークルでよくあることでもあったし、あまり気にしないことにした。
飲み会はいつも通りに進んだ。いじられキャラであるSを後輩たちはなんやかんやとネタにし、Sもその状況を楽しんでいた。Kはそのやりとりに時々低い声で笑っていた。
鍋とともに酒は進み、全員がだらけた姿勢になってきたころ、KはSの足元にころんと寝転んだ。わたし、お酒に弱いんですよ。赤い顔してKが言った。Sは困惑したような顔をしていたし、周りの空気にもすこし引き攣ったものを感じた。Kはそんな雰囲気お構いなしに、Sの足元ですうすう寝息をたて始めた。ぎこちない雰囲気を残したまま、残されたメンバーは極力Kを気にしないようにしながら、酒を飲み進めることにした。酔っ払いのしていることなのだ。

ふと、湿った音が聞こえてきた。何かを舐める音だ。音が鳴る方を見ると、Sが困り果てた顔をしている。Sの足元に寝転んだまま、KがSの人差し指を舐めていた。

さすがに場が凍りつき「おい!何やってんだよ!」と言う声もあがった。別にいいんです。指を舐めながら、Kが言った。
「ってか、Nとまだ付き合ってんだろ?」
「付き合ってますよ。でもね、Nさんは動物だから」
全く答えにならないような返事をし、一同の注目を集めながら、Kは指を舐め続ける。ちゅぱちゅぱと湿った音が続く。
「ずっとこうなんです」
Sが困惑した表情を浮かべながら俺に言った。
「この子、俺が何を言っても、いつもこうなんです。Nには悪いと本当に思ってるんですけど、俺にもどうしようもなくて」
「これが初めてじゃない?」
「最近、うちによく泊まりに来るので、俺、どうしようもなくて」
雰囲気は異様だった。誰も何も話せない。全員、この行為を見続けるような心持ちではない。しかし、何か動けないものを感じる。全員が押し黙っているなかでKは構わずSの指をしゃぶり続けていた。

そろそろ帰るわ。なんとかその一言を絞りだし、俺は立ち上がった。それに続いて、他の後輩たちも身体を起こし始める。全員揃って玄関に向かい、それじゃあ、また、とSに告げて外に出た。Sはどうしたら良いかわからない顔のままだった。

「Gさん、どう思います?」
外に出てから後輩の1人が聞いてきた。
「N、知ってんの?」
「いや、知らないと思うんすよ。俺らもSから話は聞いてたんですけど、あんな感じって思ってなくて」
「Sも帰せばいいのに」
「だと思うんすけどねえ。まあ、Kちゃん、胸デカいし、Sもずっと彼女いないし。あの性格だから、強く言えないみたいだし」
「でもまあ、Nが可哀想っすよ。俺、説教しますわ、Kに」もう1人の後輩が言った。
「まあ、Kちゃんに言うしかないよな」
「Gさん、Kちゃんと仲良いんでしたっけ?」
「今日はじめて一緒に飲んだよ」
後輩たちは、そうっすかあ、と少し落胆していた。俺からKになにか言ってくれることを期待してたんだろう。
俺は俺でKの行動に面食らっていた。顔立ちは整ってはいるけれども、服装もメイクも派手ではなく控えめだったし(これより10年後に知るのだが、下着にも無頓着だった)、自分から話すよりも他人の話に耳を傾けるタイプだった。飲み会前までは「背が高くおっぱいが大きく素朴で控えめな女の子」だった。あんなに大胆に浮気をするようにはとても思えなかった。

ただ、この時からKへの興味が俄然増した。キャンパス内で彼女を目で追う回数が増えた。それとなく彼女の話題を振ってみることが増えた(大体はろくでもない噂だった)。あれ以降、飲み会で一緒になることはなく話もあまりしなかったが、俺が制作した映像の上映会には他の後輩とともに来てくれて「すごい好きな作品でした!雰囲気が本当に好みで!」とやたら絶賛してくれた(彼女以外の反応は「暗すぎる」「マニアックすぎ」と手厳しいものが多かった)。普段話す回数が少ない分、彼女の感想は余計嬉しかった。

ある雨の日に、図書館の窓際に座って本を読んでいると、キャンパス内を歩く彼女の姿を見かけた。たしか冬の始まりの頃だったと思う。彼女は番傘にマフラーにニットにスキニーパンツにブーツという出立ちで闊歩していた(番傘?)。服装そのものはシンプルだったから、余計に番傘が目立っていた。変な個性の出し方だな。Nの彼女である事実からか、俺は妙に斜に構えてそんなことを思った。

そんな小さなことまでも、まだ俺は覚えている。
思い返すたびに、関係を持つ以前から俺は彼女に惹かれていたのがわかる。胸が大きくて、背が高い女。俺の好みのタイプとはいえ、何がここまで執着させるのだろう。愛おしさと呼ぶには、あまりに生々しい執念が、今なお俺の内側にある。

人よりだいぶ遅れながら大学を卒業すると、さすがにサークル連中との付き合いが減った。最後に耳にしたKの情報は「Nとは別れたが、Nに金を出させて専門学校に通っている。留年はしているっぽい」だった。

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