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私はクレオパトラ。甘やかしなさい?
私はクレオパトラ。
もっと甘やかしなさい?
世界は私を中心に回るの。
ほら、そこのあなた、私を見なさい。
私より美しい女の人なんていないのよ。
鏡よ、鏡よ、カガミさん。
世界で一番美しい人はだ~れ?
ほら、私。クレオパトラ。鼻が高いわ。
後世、どっかの哲学者が、
私の鼻がもう少し低かったら、
世界史が変わったなんて言ったけど、
とんだお馬鹿さんね。
あなた、考える葦じゃなくて、
ただのお笑い草よ。
世界三大美女?
なにそれどんなミスコン?
九尾の狐?
楊貴妃なんて知らないわ。
私が上よ。
そもそも小野小町がいる時点で、
日本の話じゃない?
私はクレオパトラ7世フィロパトル、
ファラオにして女神イシス。
でも純然たる古代ギリシャ人よ。
だって名前がそうでしょう?
父の威光という意味よ。
え?親の七光り?
訳した人、出て来なさい?
世界征服者アレクサンドロス3世
のディアドコイ、後継者、
プトレマイオス1世がエジプトで、
開いた王朝が私の血統よ。
古代エジプト最後のファラオにして、
ラスト・クイーンよ。
ローマで暗殺されたけど、
ガイウス・ユリウス・カエサルだけが、
この私と釣り合う最高の男だったわ。
世界最高の恋人よ。
ナイル川での遊覧旅行は
生涯の思い出だわ。
ハリウッド・スペクタクルね。
そうそう。
私はよくあの人を困らせた。
ホント楽しかった。
私がローマに行く話が出た時、
私は女神イシスでもあるから、
当然トップレスで、
ローマ政界に、
降臨してやろうと思ったわ。
裸の王様ならず、裸の女王様、
いや、裸の女神様かしらね。
メソポタミアの女神イシュタル
と同じスタイルよ。
黒頭どもよ、
私の美しい裸身を崇めなさい?
さぁ、踊るわよ?
だけどあの人は優しく笑って、
そっと羽衣をプレゼントしてくれたわ。
ローマは寒いから、
パッラを羽織るといいって言って。
仕方ないから、着てあげる。
私のトップレスはお預けね。
皆、あの人の事について、
色々語るけど、全然分かっていない。
てんかん発作持ちみたいに
言われるけど、違うわ。
幽体離脱よ。霊界探検よ。
ナイル川の遊覧旅行の時も、
霊界でヘルメス神と会っていたのよ。
あの人は本当に、
人々のために動いていたわ。
遠い未来の事まで。
並び立つ者がいるとしたら、
世界征服者アレクサンドロスだけね。
あの人が死んだら、
ローマ人が神の席を
与えたのもよく分かる。
私にはあの人が残してくれた子、
カエサリオンがいたけれど、
まだ幼かったから、
後ろ盾を必要とした。
だからアントニウスと組んだ。
オクタヴィウス、レピドゥス
の第二次三頭政治の一角を担ったのよ。
敵はあのクソ忌々しいアウグストゥス、
もといオクタヴィアヌスね。
キケロがプエル(小僧)、プエル、
と呼んで馬鹿にしたのもよく分かるわ。
尊厳者?オーガスト?
ユリウスが7月だから、
アウグストゥスが8月?ふざけないで。
こんなカレンダー、破り捨てるわ。
でも私が組んだ
アントニウスはだらしなかった。
オリエントで失敗した。
クラッススの復讐戦である
パルティア遠征でも負けて、
引き返した。
あとはお決まりのコースね。
それでも私が慰めて、
何とか立て直したわ。
もう仕方ないから、
アントニウスと子供も作った。
男の子は、
アレクサンドロス・ヘリオス。
女の子は、
クレオパトラ・セレーネ。
太陽の王子、月の姫よ。
どう?素敵でしょう?
センスあるんだから。
そうそう。
アントニウスとは、
随分、遊んだわね。
夜な夜な二人で、
アレキサンドリアの街に、
繰り出したわ。
オイノスで乱痴気騒ぎをやるの。
エジプトの女神様と
ローマの将軍様がね。
名付けて、
真似できない暮らしの会よ。
プルタルコスもそう書いている。
どう?美しいでしょう?
でも間もなく、
死を共にする会に変わったわ。
メンバーはこの私とアントニウス。
あと侍女のシャルミオンとイラスもね。
紀元前31年9月2日、
アクティウムの海戦があったわ。
古代最大の海戦にして、
ローマ内戦を締めくくる最後の戦いよ。
1538年9月28日のプレヴェザの海戦まで、
同規模の海戦はないわ。
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アクティウムの海戦 1
ファラオである私が持てる富、
全てを投入して、
地中海中の船を集めた。
アントニウスも最後の戦いと心得て、
全力で指揮したわ。
将帥としての信頼は、
崩れかけていたけど、
まだローマの将兵はいたのよ。
カエサルの百人隊長たちが。
だけど私が囲みを突破して、
戦場から立ち去ろうとしたら、
アントニウスもついてきちゃったの。
総大将が二人とも戦場から離れた。
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アクティウムの海戦 2
海戦は敗けたわ。
プエルの勝利よ。
大将が逃げたからどうにもならない。
そんな時、
忌々しいあの女から手紙が届いたわ。
セルウィリアよ。
カエサルの愛人を名乗る昔の女よ。
もう戦いは終わりにして、降参しなさい。
あの人もそれを望むと言う。
大きなお世話よ。
何でアンタが、
未だにカエサルを語るのよ!
やっぱりこういう時は毒よね。
毒。アスピス蛇の毒がいいわ。
「シャルミオン!
アスピス蛇の毒を用意しなさい!」
「……女神様、
オクタヴィウスが到着しました!」
もうアレクサンドリアに来たの?
アントニウスは?え?死んだ?
「アンソニー!」
「……女神様、それは
シェークスピアでございます」
アレ?英語だった?
もう一度やり直すわよ。
あ、馬から落ちた。
「アンソニー!」
「……女神様、それは
『キャンディ♡キャンディ』でございます」
「ええぃ。ウルサイわね。
もう玉ネギを用意しなさい!」
侍女のシャルミオンとイラス、
まな板の上で、必死に玉ネギを切る。
「悲しみの涙で満たし、
柩に納めなければならない神聖な涙壺よ」
私たちが死ぬ準備をしていると、
瀕死のアントニウスが運び込まれたわ。
勘違いして先に自殺したみたい。
バッコス踊りに、サテュロス風の跳ね回り、
ディオニュソス祭の一団のようだったわ。
とうとう神々も彼を見捨てたのね。
「お馬鹿さん、何で先に死んでいるのよ?」
「……君が死ぬなら、僕も一緒だ。永遠に」
「馬鹿な人ね。まだ私は死んでいないわよ」
私がアントニウスの最期を看取ると、
侍女のシャルミオンが言った。
「……女神様、
お時間でございます。お覚悟を」
見るとすでに侍女のイラスが倒れていた。
先に死んでいる。
「ちょっとアンタたち、
さっさと先に死なないでよ」
私は文句を言ったが、
シャルミオンもふらついて倒れた。
慌てて、
籠からアスピス蛇を取り出して、
そっと胸元を緩める。
「……女王陛下!お待ちを!」
その時、この世で、
一番会いたくない奴がやってきた。
アウグストゥス、8月野郎だ。
死ね。蛇が私の乳首を噛んだ。
「もう遅い。もう遅いけど……」
舌が心に従わぬのか?
心が舌に乗らぬのか?
またシェークスピア?
最期に一撃を喰らわせてやりたい。
あの男、生涯最期の台詞を先取りする。
「Plaudite!acta est fabula!」
(プラウディテ アクタ エスト ファーブラ)
(喝采よ!お芝居ははねた!)
私は拳を突きあげて、
8月野郎の最期を祝った。
いや、呪った?享年39歳、
40手前で死ねて幸せだわ。
我が生涯に悔いなし?
ああ、やっとこれで、
私もあの人の許に逝ける。
Η νύξ ἐστίν αἰών.
(ヘー ニュクス エスティナイオーン)
(夜は永遠ね)
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夜と月
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺066
ギリシャ・ローマ編 政治家編 5/5
ユリウス・カエサルと女たち 五本の花編 2/5