シャン・ノース歌唱への旅〜ジョー・ヒーニ
※ My Musical Journey 器楽篇(ピアノ)に続き、歌篇を開始します。歌篇はほぼシャン・ノース歌唱のことになる予定です。
My Song Journey 1: ジョー・ヒーニ
アイルランドの無伴奏アイルランド語歌唱「シャン・ノース」の研究をライフワークにしようと思い定めたのはいつだったか。今となっては想いだせない。といいつつ、ブラック・ホークとケン・ハントのことを語ったのが前回。
以下、本編の序説を無料でお読みになれます。
どうぞ、お楽しみください。
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時を経て、客員研究員として来日したW氏からシャン・ノース歌唱の指導を受ける機会があった。W氏は米国でジョー・ヒーニに直接指導を受けてそれを今に伝えている。つまり、そういうやり方で間接的にジョー・ヒーニの唱法の指導を受けることができたわけだ。
■ ジョー・ヒーニ
ジョー・ヒーニ(Joe Heaney, Joe Éinniú, Seosamh Ó hÉanaí, 1919-84)の名前はシャン・ノース歌唱とほぼ対になって出てくるくらいだ。シャン・ノース歌唱に関心あるひとで彼の名を知らぬひとはおそらくいないだろう。シャン・ノース歌唱にはテンポの比較的速い曲と、遅い曲(あとで取上げるのはこちらのタイプ)とがあるけれど、速い曲のサンプルがネット上にある。
[Photo by Ann Meuer; source]
ジョー・ヒーニに関する貴重な資料や文献はジョー・ヒーニ・アーカイヴズに集められている。
このアーカイヴズを創設したのは詩人のミホール・オクーィグ (Mícheál Ó Cuaig)だ。彼は毎年ヒーニの生地カールナ(アイルランド西部ゴールウェー県)で、ジョー・ヒーニ・フェスティヴァルを開催している。
つまり、ミホール・オクーィグは、ジョー・ヒーニに関する知の宝庫、歌の祭典を主宰する代表的人物といえる。その彼について少しふれておこう。
■ ミホール・オクーィグ
ミホール・オクーィグからアイルランド語の詩や歌について教わったことがある。彼はカールナと同じコナマーラ在住で、そのあたりはゲールタハトと呼ばれる、アイルランド語を話す地域だ。彼が話すのを聞いていると弾丸のようなアイルランド語が飛び出してくるが、詩人として彼が使うアイルランド語は、知る限りでは最上のアイルランド語だ。
アイルランド語芸術の総合大会が毎年一度開かれている。エラハタス・ナ・ゲールゲ(Oireachtas na Gaeilge)という名前で、アイルランド語のあらゆる芸術(歌、詩、ストーリーテリング、ダンスなど)のアイルランド一の名人を、毎年決めている。ほぼ毎年のように参加しているが、大会の中心部の宿をとるには1年前から予約しなければならない。
エラハタス・ナ・ゲールゲの文学部門で、女性アイルランド語詩人のヌーァラ・ニゴーナル(Nuala Ní Dhomhnaill)と、ある年に賞を分けた男性詩人が、ミホール・オクーィグだ。アイルランド語詩歌やアイルランド語に関する彼の知識はヌーァラのそれを凌駕すると思われる。私見では彼は最高の男性アイルランド語詩人だ。
[Mícheál Ó Cuaig, 'Clocha Reatha', 1986; ミホール・オクーィグの詩集]
■ ジョー・ヒーニの伝記など
ジョー・ヒーニについて、リーァム・マクコヌマラ(Liam Mac Con Iomaire)による詳細な伝記が出ている。この伝記には未発表録音を収めた貴重なCDが附属している。
[Liam Mac Con Iomaire, 'Seosamh Ó hÉanaí', 2007]
現時点では日本のアマゾンなどでは入手できないようだが、版元の CIC では入手できる。CIC の紹介文には次のような評言がある。
If this world goes on for another ten thousand years, there won't be a singer like Joe Heaney. Of that I'm quite convinced.
Gabe Sullivan
「この世がかりにあと一万年つづくとしても、ジョー・ヒーニほどの歌い手は現れないだろう。そのことをわたしは深く確信している。」ゲーブ・サリヴァン
※ ゲーブ・サリヴァンは愛称 'The Gabe' で知られるアイルランドの音楽家。ジョー・ヒーニと二人の名義で Joe Heaney & Gabriel O'Sullivan, 'Joe & the Gabe' (Green Linnet, 1979) というアルバムを出している。Green Linnet では廃盤になったようだが、曲目等は Ceol Álainn というサイトで見られる。
そのほかにジョー・ヒーニについての研究書や研究文献がいろいろある。
■ 唱法のある秘訣
という具合に、かなりのことが分かってはいる。が、ジョー・ヒーニの唱法の肝心のところについては、ほとんど公にされていない。彼の唱法には、ある隠された秘訣があるが、それを上述のW氏は探り当てた。
そして、それをジョー・ヒーニにぶつけてみた。すると、「なんで分かったのだ」とこわい顔をされたという。
なぜだろう。それにはおそらく二つの意味がある。
一つは「秘伝」に属するものだった。原則として口伝で、部外者に不用意に知られてはならぬ。
もう一つは、教えるつもりがなかった。いかに直接指導をしていたとはいえ、米国人に伝えるつもりはなかった。伝えるなら、ゲールタハトのアイルランド語話者の、それもシャン・ノース歌唱を次代に引継ぐ志のある者に、と思っていたのかもしれない。
どちらも、口承芸術の松明を運ぶ者としては、当然のことかもしれない。
ところが、W氏は、教わらずとも、独力で探りだした。
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以下、有料にて、本編の全篇をお読みになれます。
〈シャン・ノース歌唱の特徴〉
地声
ノン・ヴィブラート
ダイナミクス
テンポ
ピッチ
声の質(鼻音)
ニャー
歌詞との関係
即興性
装飾音
〈装飾音〉
グレース・ノート
ロール
ターン
ウェーヴァー
グロッタル・ストップ
無装飾音
〈ジョー・ヒーニの唱法の秘訣〉
装飾音のつけ方
装飾音の位置の考察
詩の強勢
〈いとしのアイリノール〉(歌)
アイルランド語原詩
日本語訳
歌の背景をなす物語
音源
〈いとしのアイリノール〉の唄い方
音階
行ごとの装飾音の詳細(1-6行)
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