【書評】「インターネット的」なつながりで考えることは楽しい
糸井重里『インターネット的』(PHP新書、2001/PHP文庫、2014)
※以下、長文の書評です。もう少し短い紹介が、ある方のブログ記事〈ネットはどう生活に影響を与えているのか? 10年経って蘇った予言書「インターネット的」〉にあり、時間がない方はそちらをお勧めします。
糸井重里が初めてコンピュータやインターネットに接したときの驚きに満ちた、新鮮な、深い考察がぎっしり詰まった本だ。いま読んでも古くないどころか、日常をこれらの仕組とともに生きる現代人が一度は目を通しておくほうがよいと思われるほどの、思考の糧がいっばい入っている。
評者は本書を(再ダウンロード期限切れなどもあり)電子書籍で二回購入したけど、何度でも、どんな形ででも買って読み返したい。紙の本としては「品切れ重版未定」なので、紙の本が必要であれば古書店や図書館で探すしかない〔その後、PHP文庫に入り入手可能になりました〕。電子書籍でよければ、ほとんどすべての電子書籍店で入手できる。
題名は「インターネット」ではなく「インターネット的」であることにおやと思わされる。ネットワークについての技術書が扱うようなインターネットそのものの話ではなく、インターネット的であるとはどういうことかについて、一から考え抜いたものだ。考察の対象は多岐にわたるが、共通しているのは、ふつうの人が生きていくうえで何が大事なのだろうという、ごく当たり前の観点だ。常識的ともいえる観点だろうけれど、考察の結果得られた洞察はまったく常識からは外れていることが多い。たとえば、「お客様は神様です」とはとんでもないことで、ルールでもなんでもないとか。
参考になった点は数多い。気になったところを抜書きしておくことにする。できるだけ、評者のコメントも添える。以下の20点は繰返し考えているので、以後の言及に便利なように、番号を附す。
1.〈インターネットの両端で、人と人が、ちゃんとリンクしている。〉……つまり、鎖の片方を振れば、他方が揺れるということ。
2.〈一見、不要な情報からのつながりに可能性を見出せるということが、「リンク」という考え方にはある〉……人がいろんな要素の集合体だからこそ。人間はいわば多面体。「消費者」だけっていう人は存在しない。別の局面では「生産者」であることも大いにあり得る。
3.〈自分ひとりだけでできる趣味や快楽なんてものは、ほんとはあんまりありません。〉……大切な鍵は「シェア」、つまり、「おすそわけ」。
4.〈分けあうということは、なぜかは知らねど、楽しい、と。その「シェア」というよろこびの感覚がインターネット的なのです。〉……分けあうって楽しいと思えない人もいるだろうけれど、楽しい人がいるのも事実。
5.〈情報はたくさん出した人のところにドッと集まってくるんだ、という法則があるのです。〉……もらってばかりの人はいつまでたっても「少しもらう」だけ。
6.〈価値が多様化するというよりは、価値の”順位付けが多様化する”〉……これが「フラット」。各人が自分の優先順位を大事にしながら役割をこなす、船の乗組員たちの集合のような社会のイメジ。
7.〈「想像していたよりも、世界は広い」と驚きを感じることと、「思っていたよりも世界は狭い」と感じることと、まったく逆さの二種類の驚き〉……これが「グローバル」。
8.〈"Only is not lonely"〉……英語としてはおかしいといわれたらしい。本来は 'Only one is not lonely one.' といいたかったのを簡略化したそう。つながりすぎないで、つながれること。孤独なんだけど、孤独ではないこと。
9.〈枯渇するのではないかとか、後でもっといい使い道があるとかを考えずに、出して出して出し尽くして枯れたらそれでしかたがない、というくらいの気持ちがないと〉……惜しみなく出す、の精神。
10.〈銀と毛〉……「トダの夢」に現れる対比。音楽でいうと、テクノ系は銀、8ビート系は毛。野球選手は毛が多いが、イチローは銀。サッカーだと中田英寿は銀。毛は野生度(ワイルド)。
11.〈人類の歴史はいままで、毛を消し去る方向に、一方的に進んできた〉……「脳化社会」が進んできたということ。毛系の糸井は、すべての人間の銀化には無理があると考える。
12.〈『ほぼ日』はインターネットという、非常に銀に思われやすいメディアを、毛として使っていくという意志を持ってつくっているような気がする〉……人類の歴史は、インターネットの発達によって、バランス良く、”心の増毛”方向に反転してゆく。
13.〈自分の中の他人成分を立ち上げると、いままで見えなかった部分がクリアに見えてくるのではないでしょうか。〉……ちがう視点で周囲を見つめる。
14.〈問いがあったら答えがすぐ近くにある、というクイズのような問題ばかりを、いままでのメディアは取り上げてきましたが、実際の人間たちは、答えのない問題についてしゃべったり考えたりする場を求めていたのではないでしょうか。〉……ネットや携帯や長居のおしゃべりの中になにかがある。
15.〈もっと「魂」に関わることに、人間の意識が向かっていくように思えます。〉……「勝ち」や「目標」だけを求める「脳」に対して、「人間まるごと」が反乱を起こす。
16.〈山岸俊男さんの『安心社会から信頼社会へ』が『ほぼ日』の母なら、梅棹忠夫さんの『文明の情報学』は『ほぼ日』の父にあたります。〉……前者は「正直は最大の戦略である」。後者は神経系だけでなく筋肉系や内臓系に関わる感覚。脳はすべてではなく、単に神経系。人間は総体で考えるべし。
17.〈「魂(スピリット)の社会」〉……筋肉系の工業化社会 → 神経系の情報化社会のあとにくる社会。
18.〈”目的があって、いいね”というのは、いわゆる、工業生産的な発想なのではないでしょうか?〉……「ものを持つ・力を持つ満足」の工業化社会から「ことを持つ・知恵を持つ満足」の情報化社会を経て、持つことから自由になった「魂を満足させることを求める」社会へ。
19.〈電車の中で、高校生のカップルがブレザーとセーラー服のままで、じっとおたがいを見つめているような風景が、ぼくはイヤじゃないんです。あそこではそれなりに気持ちが通じ合っている。他の誰にも通じない何かがあるんですよ。心は動いています。恥じらいや社会的約束事をぎりぎり守りつつ、居てもたってもいられないという表情で見つめあうふたり。そういうものとして存在する文章があっても、いいでしょう?〉……インターネット的表現法。
20.〈ぼくの理想的な臨終の言葉は、「あああ、面白かったーっ」です。〉……自分はほんとは何がしたいんだろうかと、ごく自然に、みんながちょっとずつ考えるだけで、あちこちに風穴があいてゆき、呼吸がらくになる。
抜書きはこれでおしまい。第3回目の購入までこれで憶えておくことに。
参考文献
・山岸 俊男『安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方』(中公新書)
・梅棹 忠夫『情報の文明学』(中公文庫)
Grange, Ireland
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