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『赤いモレスキンの女』ノート

原題『LA FEMME AU CARNET ROUGE』
アントワーヌ・ローラン著
吉田洋之訳
新潮クレスト・ブックス
 
 この本は、今月のはじめにこのnoteに投稿した『モレスキンのある素敵な毎日』(中牟田洋子著)を読んだフォロワーの方が、タイトルにモレスキンが付いている好きなフランスの小説があると教えてくれたものだ。
 すぐに購入し、先週の土日で一気に読み終えた。
 
 物語は深夜、自宅まであと50メートルほどのところでタクシーを降りた女性が、アパルトマンの玄関の前で鍵を出そうとしたところ、どこからともなく現れた男にバックを奪われそうになって、引っ張り合いになり、女性はその男から顔を押さえて鉄の扉に叩きつけられ、バックを持ち去られた場面から始まる。
 そのハンドバッグには鍵や身分証、思い出の品々――彼女にとっては〝私の人生のすべて〟が入っているバッグを奪われてしまったのだ。6階にある自宅には入れないし、と途方に暮れる。どうするか迷ったあげく、目の前の三つ星のホテルに何とか頼み込んで泊まった。ところがそこでも事件が起きる。
 
 パリで書店を開いているローランは40代半ばの離婚歴のある男。毎朝カフェに行く習慣があり、いつもの道を歩いていると、道端のゴミ箱の上に紫色の革製のハンドバッグが置いてあったのを見つけた。彼はこの中身が入っているように見えるバッグをどうしたものかと迷いつつ、警察に持って行くことにした。ところが警察署は混んでいて1時間ほど待たされることが分かり、女性巡査に明日の朝出直していいかと聞き、了解を得て警察署を出た。
 
 彼はその夜、そのハンドバックを自宅に持って帰り、これまで女性のバッグを開けたこともないのだが、迷いつつ金色のファスナーを引いた。バッグには赤いモレスキンの手帳があり、見知らぬ女性が書き綴った文章とも言えない断片に惹きつけられ、読んでしまう。この手帳の他にはモリナールのハバニタという黒いガラスの香水の瓶――つい彼は部屋に一度その香水を噴射してしまった。それがその頃付き合っていた女性の誤解を招き、別れる羽目になる。
 
 ローランは、バッグの中にあったある小説家の本の扉に、著者のサインと持ち主と思われる女性の名前だけが書かれてあるのを見つけ、それを手がかりに持ち主を探し始めるのだ。ほかにはクリーニング屋の伝票があったが、店の名前はどこにもなく、おそらくバッグが置いてあったところからそれほど遠くはないと想像し、街中のクリーニング屋を探し、ようやく見つけるが、結局その女性の住所は不明のまま、クリーニング代金を払わされる羽目になる。
 
 このバッグを奪われた女性とその仕事場の同僚たち、書店主ローラン、その娘のクロエ――もし自分が何か娘の教育について成功したものがあるとすれば本が大好きだということ――など登場人物が織りなす推理小説もどきの謎解きと出会いの結末がいい。
 
 訳者あとがきによると、英国王室のコーン・ウォール公爵夫人(カミラ夫人・チャールズ皇太子の夫人)が、夫の新型コロナ陽性のため2週間の隔離生活を余儀なくされた時に、「大切な人から隔離された時、人は読書に癒しを求める」という言葉を添えて、9冊のお気に入りの作品を発表したそうだ。その中にフランスの小説として唯一選ばれたのがこの作品だ。カミラ夫人は、「完璧なパリの傑作」と絶賛している。
 
 読みながら、この主人公のローランと作者のローラン、名前が同じじゃないかと気づいたのだが、やはり訳者あとがきにこのことに触れている。
 原著では、主人公はLaurentとなっており、作者のローランの綴りは、Laurain。日本語表記は同じでも発音は違うらしいが、日本語でその発音の違いを表記できないほど近接しているとして、訳者は主人公にこの名前を付けたのは意図的であったのではないかと推測している。
 その根拠として、ロールの親友のウィリアムが描写するローランの姿が作家本人そのままなのだとある。
 
 最後にお尋ねであるが、本書のP98の1行目に「ヴィジック」という単語があるのだが、何のことかいろいろ調べてもわからなかった。
「ヴィジックを使ってコード錠の関所を超えると、……」という文章だ。
 フランス語だと思うが、どなたかご存じの方教えていただければ嬉しい(な)。

→フォロワーの方から電子書籍の方には、ヴィジック(IC内蔵型キー)と書いてあると教えていただきました。
 フランス在住の友人からは、「ヴィジック(vigik)は、フランスでよくパートの建物の入り口に使われている、コードなどで解錠するセキュリティシステムの事で、そのシステムの名前なのか、バンドエイドみたいに、固有名詞が使われるようになったのか、はたまた開発した会社の名前なのかは知らない」とLINEが来ました。
 

 

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