新しい小説のための習作(一)
日が伸びてきた。もうすぐ七時になろうとするのに、外はまだ明るい。
根岸仁は、窓の桟を椅子代わりにして寄りかかると、煙草を器用に潰れた箱から一本飛び出させて咥え火を点ける。うつむくと、長く伸びた前髪が彼の目元を隠した。
立ち呑み屋で明るいうちから呑み始めるのが、このところの根岸の日課になっていた。
店は、表通りから一本裏に入った路地の二階にある。ビルとは名ばかりの古びた建物で、外階段は今にも朽ち落ちそうに錆びついている。
もとはスナックだったというその店は、L字型のカウンターがあるだけでとても狭い。縄のれんをくぐった突き当たりが窓で、網戸も無く大きく開け放たれている。外から通り抜ける風が気持ちいい季節になった。
根岸はその、窓に一番近いカウンターの隅が気に入っていた。立ち呑み屋だが、ここなら桟に身を預けられる。
根岸は窓から外を見渡す。通りに面した古い店は取り壊されたらしい。ぽかんとできた空白の向こうに、教会のステンドグラスが小さく見える。
着崩した白いワイシャツの襟元を片手で広げ、おもむろに顔を上げると空に向かって煙を吐き出した。
「根岸さん、そんなに寄りかかると、落っこちますよ」
店主がぼそりと言う。
還暦を少しばかり過ぎたらしい店主は無愛想だ。話しかけてもニコリともしない。けれど、そんなところが根岸は気に入っている。上っ面だけの人間の笑顔には見飽きていた。
「ああ、そんなに酔っちゃいませんよ」
根岸はおどけて両手を広げて見せる。手のひらに、落ちない絵の具の色が染みついていた。
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