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オーウェル『1984』,ビッグ・ブラザーに心破壊され敗北宣言~いっそ読んだフリする

読まなきゃと思うんですけど、いや、つらい。もう早くも挫折しかけてます。

面白さに欠ける小説『1984』をオーウェルは書いてしまいました。読み進めるのが苦痛であり、ときに悪夢そのものの物語をです。

でも、そんな『1984』なのに、発表から長い年月が経った今でも色褪せることなく、多くの人々に読み継がれています。

『1984』から着想を得た二次的な作品は数多くあります。「ビッグ・ブラザー」という言葉や、監視社会を表す比喩的表現は、『1984』を知らない人々にも浸透しています。

たとえば攻殻機動隊 SAC_2045』。

二重思考(Double Think)だけでなく、持続可能戦争(Sustainable War)も『1984』世界の概念です。

『まんがで読破 1984年』p103〜104

『1984』"Nineteen Eighty-four"そのものも、村上春樹『1Q84』など、よく使われている数字です。

『1984』って、いったい何なのでしょうね。


山形訳がオススメ(2025年時点)

後出しジャンケン的だけれど、山形さんの新訳『一九八四』は本当にいい訳だと思う。

と漢字になっていることに注意してください。
※この本は『1984』と検索しただけでは見つからない場合もあります。

出版としては後発だけれど、実際は、山形さんは30年ほど前から翻訳に取り組んでいました。
※ 書籍化の原型訳文がWEB公開されています。

十分な時間をかけて推敲されたおかげで、既刊の翻訳本と比較して、より読みやすく、原作の世界観を忠実に再現されていると感じます。

既訳にはちょっと不満があったから

山形さんが私的に翻訳した理由には「既訳にはちょっと不満があったから」で、この『一九八四』の訳者あとがきに、他の訳本についてコメントしています。『一九八四』とタイトルを漢字にした理由も触れています。

漢字が多くクセの強い翻訳だという印象があるが、これは好みによる問題もあるだろう。

山形訳『一九八四』訳者あとがき より

比較的フラットな翻訳ではある。

山形訳『一九八四』訳者あとがき より

ところで、山形さんは学者じゃないけれど、

といった、経済学の書籍の翻訳も手がけてます。

このPDFで挙げられている

には、わたしも同意します。ページ数が少なく、読みやすく、実用的なマクロ経済学本として秀でています。海外経済学者による翻訳書は、売れなければ出版社が困るので、書店の棚を占領して、「売れてます、わかりやすい」と自作自演をしないといけません。こうして、『コンパクト』なマクロ本は書店の隅に隠れてしまう。

『一九八四』の”訳者あとがき"だけでも立ち読みしたほうがいい

山形さんには、こういった経済学への造詣があることから、『一九八四』の訳者あとがきは翻訳者以上の内容があります。高橋訳に附されたトマス・ピンチョンによる解説に匹敵するほどであると言っても過言ではありません。ビッグ・ブラザーを倒すにはどうすればいいのだろうか、そんなヒントも書かれています。

高橋訳『一九八四年』ハヤカワepi文庫について

『1989』といえば、高橋和久さんによる『一九八四年』が定番といっていいかもしれません。高橋和久さんは東京大学名誉教授の肩書を持つ英文学者です。多くの翻訳を手掛けています。※ Wikipediaが開きます

その高橋訳『一九八四年』は、文学的にしっかり翻訳されており、その日本語はオーウェルの意図に即した文体である、と捉えてもいいでしょう。漢字多めなゴツゴツ感は、アノ国を想定しているのかもしれませんね。

で、この『1984』も挫折してしまう。

『1984』を挫折してしまうほんとうの理由

これははっきりしていて、追体験型の小説だからです。
一人称で書かれていることから、読者にウィンストンと同化させるオーウェルの目論みが読み取れます。

『1984』は単にストーリーを楽しむための小説ではなく、読者がその世界観に深く没入し、物語を通じて描かれる思想や社会構造を体験する作品です。

現代の日本社会に生きる私たちにとって、『1984』の描く世界観は非常に不快です。娯楽はなく、食べ物はまずいし、足りない、人間関係のギスギスさ、この退屈さと行き止まり感をまっこうから受け入れないといけません。ページを捲る手が止まらない、ハラハラするような小説であってはならないのです。

さらに「二重思考(ダブルシンク)」という概念を通して、読者がその社会の論理とSyncさせることを強要します。つまり、単なる物語の進行を追う読書だけではなく、二重思考を読者自身に体感させるプロセスが仕組まれています。

全体主義的な体制や個人の自由を制限する社会構造は、現代日本の価値観とは真逆であり、多くの読者にとって生きにくい世界です。

だからこそ、読むうちに、次第に読むスピードがにぶり、最終的には本を閉じてしまいます。この『1984』の世界で生きることへの拒絶は、現代日本人として正常な反応です。

『1984』に挫折してこそ、『1984』の正しい読み方なんです。
※ これもまた二重思考ですね。

読んだフリ1:とりあえずマンガで。

読んだフリ2:「ニュー・スピークの諸原理」、そして解説を読む。

『1984』は三部構成として知られていますが、実は付録(あるいは補遺)がついています。この付録もまた作品の重要な一部ありながら、あまり言及されることがありません。ここを読むことなく本を終えるのはもったいないとわたしは思います。山形さんの訳者あとがきがその良い案内役となるでしょう。

  • 山形訳『一九八四』

    • 補遺「ニュー・スピークの原理」

    • 付録「バーナム再考:現状追認知識人の権力崇拝とその弊害」

    • 訳者あとがき(解説といっていい)

※ 『オーウェル『1984』を漫画で読む』にも「ニュー・スピークの原理」が収録されています

読んだフリ3:次に読むべき本

田内志文訳『オーウェル『動物農場』を漫画で読む』も読んじゃってください。

そして

この作品もまた苦行なんですが、読んだフリができるバイパスがあります。

  • ドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(Huluのみ)

まとめ

『1984』を、もし途中で挫折してしまったとしても、少し時間を置いて気持ちをリセットしてから、もう一度手に取って再読してみるのが良いかもしれません。

特に2部と3部は、じっくりと活字で読み進めることをおすすめします。自力で読み進めることでしか、読者として読み進められなくなった単なる苦痛以上の、作品で描かれる本来の絶望を味わえません。

この読書体験を通じて、読者が『1984』の世界に絶望する、これこそが『1984』が持つ真価であると言えます。

実際の山場は凄惨な第三部なのだが、そこを熟読できるほどの精神力を持つものはなかなかいない。

山形訳『一九八四』訳者あとがき より

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