美味しいものの定義
『美味しいものの定義』って、読んで字のごとく食べて美味しいと感じることだと思う。
しかしその美味しさにはタイミングも環境も関係する。
腹が減っている時、愛する人と一緒の幸せな時。
寒い時の温かなもの、真夏の大汗をかいた後の塩辛い握り飯。
すべて相関関係により美味しくなるものである。
不思議であるが私は美味しかったものをそれほど記憶に残していない。たぶん、味覚ではなくてその時のタイミングや環境を強く記憶に残してしまっているのだと思う。
私の子どもの頃、昭和の世である。
小学校から帰っても職業婦人の母が家にいるわけはなく、冷たいジャーに残ったご飯を一人ボソボソと食べた記憶がある。
子どもの頃の食の記憶にはこんな事しか残ってないのだ。
でも決して不味かったのではない、今になると冷えたご飯も美味しいものであった。
冷えたご飯を食べる機会がないからこそ、懐かしさが美味しさに変えているのかも知れない。
毎回の松山市公式俳句投稿サイト『俳句ポスト365』への投稿文章である。選者夏井いつきの兼題が毎回私の眠っていた記憶を呼び起こす。
引いたことのなかった記憶の引き出しを端から引いていくのである。
◆今週のオススメ「小随筆」
お便りというよりは、超短い随筆の味わい。人生が見えてくる、お人柄が見えてくる~♪
信州、父の田舎は山の中である。 キノコの国で私は一時期を過ごした。
秋に裏山に入れば不思議なキノコによく出会った。 カラダに悪そうなオレンジ色のキノコや押せば真ん中にあいた穴から白い胞子が飛び散るキノコ。 息を止めて何度も何度も胞子を飛ばした。 どう考えても口には運びたくないキノコばかりだった。
父の実家はまだ囲炉裏のある家だった。 網をかけ、焼いてくれた椎茸は子どもの私にも愛知のスーパーで買ったそれとは別物であることが分かった。
椎茸を焼く網を伯父さんが持ち出すのを心待ちにしていた。 裏山で栽培していた採れたての椎茸の贅沢な思い出である。
しかし、私の『茸』はもっと身近な簡単なもの、いつでも冷蔵庫にある『なめ茸の瓶詰』なのである。
昭和で言えば40年代になる、職業婦人の母は家にはいなかった。
おやつなど置かぬ家であったが、いつも炊飯器には冷えたご飯と冷蔵庫にはなめ茸の瓶詰めが切らすことなくストックされていた。
ご飯は母の郷里の山形県南陽市赤湯の米、母からいつも日本一美味い米だと聞かされ育った。
学校から帰ると日本一美味い冷たいご飯に冷蔵庫でよく冷えたなめ茸をかけて一人ボソボソ食べたものである。
障害を持つ兄を中心に我が家は回っていた。 兄と、ついでに私に不都合のないようにと、当時まだ高価な電子レンジを両親は買った。
なのにご飯はいつも冷えたまま食べていた。
高価な電子レンジは冷凍肉まん専用となった。 特に秋に限らず年中ある冷ご飯と『なめ茸の瓶詰』、日が短くなり、気温も下がっていくこの時期、一人で暗い部屋で食べるのは寂しかった。
そんな寂しい思い出が私の『茸』の思い出である。/宮島ひでき
写真は私がよく作るマカロニサラダ、
いたって簡単なシンプルなものであるが、食べていただく人のためにある時期真剣に作っていた。
そのことはまた次の機会にnoteします。