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音環境と身体感覚の呼び起こしついて

 私は人々が生活していく上で、無意識のうちに感覚が呼び起こされるような状態に興味がある。それは五感が研ぎ澄まされ、それによって受けた感覚がこれまでの記憶などから呼び起こされるような体験である。例えばある匂いを嗅いだ時に呼び起こされる記憶、ある料理を食べた時にふと思い出される状況などである。音は聴覚だけで感じることができるものだ。そのため生活の上で自然とシームレスに人の感覚に介入し作用する。そこを掘り下げていくために今回は環境音楽の起源となった作品から、近年の身体感覚を呼び起こすような作品を見ていくこととする。

 音楽の母体は「自然や生命の音に満ち、それらの音響が人々の耳に届くハイファイな音環境」(※1)とされている。では、環境音楽というものが定義されたのはいつ頃だろうか。それは1960年代、環境問題、騒音問題とほぼ同時期とされている。輸送手段のスピードアップ化による騒音問題は環境音楽を意識するきっかけとなった。環境音楽のアプローチとして第一に「人々を取り巻く環境に存在している様々な音響に注目する立場」がある。いわゆる音楽で用いられていた音と日常的な騒音を区別しなかったケージのはるかな延長線にあるとされている。次に音具を用いて積極的に環境の音響設計を図ろうとしたり、微妙な音響に聴き入る習慣を定着させることを通じて、環境騒音のレベルダウンに導こうとする立場がある。そして最後に軟らかな音響によって環境を包み込もうとする立場がある。

 それではまず、先駆的な環境音楽と考えられている作品を見ていくこととする。エリック・サティ『家具の音楽』(1920年)この楽曲は、家具のようにそこにあっても日常生活を妨げない音楽、意識的に聴かれない「生活の中に溶け込む音楽」というコンセプトで作られた。環境の騒音の一部であり、ナイフやフォークの音を和らげ、威圧的ではなく会話の中断に助けを与え、街の騒音を中和してくれるような音楽—家具のような音楽の必要性を考えていたところから制作された。曲調としては厳かな感じではあるが、その当時に聴かれていたクラシックオーケストラの曲よりかは抑揚が抑えられており、確かにその曲そのものを聴くというよりかはBGMに最適なように感じる。 
 また、サティより50年以上後になるが、ブライアン・イーノ『ambient 1:Music for Airports』(1978年)という作品がある。これは空港で流すために作られた音楽である。実際ニューヨークのラガーディア空港のマリン・ターミナルで流れていたそうだ。曲調は全体的に音数をかなり絞ってゆったりとしている。そしてループすることにより曲がゆっくりと空間に広がって行くイメージを感じられる。一つ一つの音がのびのびとしており、その音が空間をさらに広げて、漂別世界に連れて行ってもらえるような曲である。イーノは静寂な、ものを考えるための空間を導入することを目標としているとのことだが、かなり成功しているように感じた。
 
 次は身体感覚に作用することを目的とした作品を見ていこう。例えば、民族音楽を祭りで演奏している時などに生じるトランス状態などはダイレクトな身体感覚の呼び起こしである。ガムランの音が脳波や血中のホルモン量に作用し、トランス状態に誘われるのだ。
 サウンド・アートでの身体感覚に呼びかける有名な作品は、マックス・ニューハウス 『タイムズ・スクウェア』(1977年)だ。タイムズ・スクウェア駅に微音のドローンを流す作品である。歩行者は街の雑踏や流行りの音楽が鳴り響く中、微音を察知する。その微音がきっかけで周囲の様々な微細な音に耳を傾けるがある時不意に周囲の騒がしい音に耳が戻る。つまり微音をきっかけにタイムズ・スクウェア全体の巨大な音を体験することができる。音楽的に自足した客体的なものの製作でなく。音響体をそれが置かれる空間の中の様々な要素と共に聞く人によって意味のある環境になるようにデザインすることと、知覚の変動を起こし、身体拡張を行っているのだ。また、ジョン・ケージ 『4:33』 (1952年)は、4分33秒もの間何も演奏されない作品である。この作品は無音の中に耳を澄まし、日常気にされていない音楽を再認識することを目的としている。コンサートホールでの因習的な聴衆体験の破壊をし、聞き手の能動的な行動のプロセスを含んで初めて音楽が成立するという新しい概念を生み出した。こちらの作品は身体感覚を呼び覚ますきっかけとなる作品に値するだろう。

 これまで、先駆的な環境音楽と考えられている作品、身体感覚を呼び起こすような作品を見てきた。音に耳を澄まし、音を受け入れることによって物質的、社会的な環境だけでなく、自己の存在が立現れる。VRを始め、これからは体験型の身体感覚が呼び起こせる作品は増えていくだろう。今後も音環境やサウンド・アートなどの作品が無意識下に具体的にどのように作用され身体感覚に影響を及ぼすか、自分の作品においても音を使いどのような表現が可能か考えていきたい。


※1『音楽論』白石美雪 ・横井雅子・宮澤淳一(武蔵野美術大学出版 2016年)

参考文献
『音楽論』白石美雪 ・横井雅子・宮澤淳一(武蔵野美術大学出版 2016年)
『現代音楽のパサージュ』松平頼暁(青土社 1995年)
『現代芸術事典―アール・デコから新表現主義まで』美術出版社編集部 (美術出版社 1993年)

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