世界で3番目にかわいい女の子
姪っ子が生まれた。
妹が、小さなかわいい女の子を産んだ。
○○○
私が両親に最も感謝していることは、妹という存在を授けてくれたことだ。
彼女に救われた思い出はたくさんある。
なかでも記憶に新しいのは、私が長男妊娠中のときのこと。
妊娠発覚当時、私は浅草で1人暮らしをしていた。
結婚はしていたけれど、夫は地元の滋賀にUターンしていて、お互いの仕事のために別居状態。
2週に1度くらいのペースで週末に会っていた。
1人で妊娠検査薬を使って調べて、電話で夫に知らせた。
奇しくも彼の誕生日だった。
お誕生日おめでとうの言葉に続いて妊娠を告げると、彼はただただ驚き、戸惑った。
「実感が湧かない」と言った。
妊娠がわかったのは、ちょうど中国でコロナという新しいウイルスが流行っているらしい、と報じられ始めた頃だった。
すぐにつわりが始まって、どんどんコロナは国内にも広がった。
会社はリモートワークを推奨するようになり、職場の人と顔を合わせる機会が減った。
県外移動の規制によって、夫とは会いづらくなった。
誰かに助けてほしいけれど、誰に会うのも不安がよぎる生活だった。
なんとかつわりを乗り切って、産休まで1人暮らしを続けた。
得体の知れないウイルスに怯えながら家にこもって暮らすのは、寂しくてとても不安だった。
産休に入ってからは、浅草の家を引き払って、神奈川県の実家に里帰りした。
と言っても、私の妊娠が分かる少し前に父の地方へ転勤が決まり、両親は転居していたので、実家(借家)には社会人の妹だけが住んでいた。
私が出産するなら、慣れない夫の地元より、そして父の転勤先より、神奈川県の慣れ親しんだ家が良いだろうと、家を借りたままにしてくれていたのだ。
産む直前から母も合流して世話をしてくれることになっていたけれど、それまでの2ヶ月ほどは妹と2人暮らしをすることになった。
○○○
里帰りをしてからの生活はとても快適で、楽しかった。
私は炊事を担当し、妹は仕事前に掃除やゴミ捨てをして出勤。
勝手知ったる実家で気心の知れた家族と暮らすのは心地よく、妊娠してから初めて訪れた心穏やかな日々だった。
何より、ずっとコロナで1人きりの生活だったので、朝晩家族とご飯を食べられることが嬉しかった。
妹はお腹の子に毎日語りかけ、たまにピアノできらきら星を弾き語りし、時に「だいすきだよーっ」と叫んだ。
「どうしよう、まだ顔も見ていないのに、好きすぎる」と愛でてくれた。
そしてある日、私のお腹を撫でて妹が言った。
「私は自分のためにも、自分が1番かわいいって思ってるんだけどさ」
「おー、すごいね」
「だから遺伝的にも近い姉ちゃんが2番目なのよ。で、この子は3番目。きみが世界で3番目にかわいいよ」
私は驚くやら嬉しいやら、え?いいの?と思った。
世界で2番と3番をくれるなんて。
その頃夫は相変わらず戸惑いの中にいて、子の成長を喜んだり、語りかけたりすることは少なかった。
コロナの制限や家の改築、転職により多忙であまり会えなかったし、照れもあったとは思う。
でもだからこそ、妹の言動には本当に救われた。
この子の誕生を心待ちにしてくれている人がいるという確信は、私を強くした。
人生で何度目かの、「妹がいてくれてよかった」と思った出来事だった。
○○○
そんな妹が、先月子どもを産んだ。
奇しくも私と同じように夫と遠距離別居中で一人暮らし妊婦となり、里帰りをして出産した。
妊娠中の一人暮らしの心細さを知っているので何かサポートしたかったけれど、結局三兄弟のお世話に明け暮れ何もできなかった。
ただひたすら、無事に産まれますように、母子共に元気でお産を終えられますようにと祈っていた。
産まれたばかりの姪っ子に会いに行くと、すっかり母の顔をした妹がいた。
わりと寝ていると言うわりには疲れた顔をして、でもいつもより高い声で赤子に語りかけ、頬を撫でて微笑む姿は眩しかった。
姪っ子はふにゃふにゃと柔らかく、甘い匂いがした。
抱っこさせてもらうと温かくて、ただただ愛おしさが湧いてくる。
「あなたは、私にとって世界で3番目にかわいい女の子だよ。」
心の中でそっと、語りかけた。
我が家には世界一かわいい男の子たちがいるけれど、女の子はいないから。
妹が我が子に言ってくれたように、私も姪っ子に「3番目だよ」と思えることが嬉しい。
きっと妹にとっての1番か2番は、もうこの子なのだろう。
それも嬉しい。
大切な妹の大切な子。
生まれてきてくれて、ありがとう。
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