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クラゲは海に浮かぶ月なのかもしれない。

海が割と近い街中に住んでいた10代の頃、今日みたいに、なんだかわけもなく眠れない夏の夜のこと。

普段は夜に1人で出かけることなんてなかった。
門限があったわけではないけれど、晩ご飯の時間には間に合うように帰宅していたし、夜に出かけるのはお祭りの日くらい。

一時期住んでいたマンションの最上階の部屋はとても見晴らしがよくて、ささやかながらも自室にはベランダあり、眠れない夜はカーテンを開けて静かな夜を眺めた。


ある夜もそうだった。
しばらく眺めていると、なんだかたまらない気持ちになって、ふと急に、海が見たくなった。

部屋の電気は消したまま静かに着替えて、つっかけた靴のかかとを踏まないように、玄関のドアをそっとあける。
心臓が飛び出しそうになる中、鍵を閉める音が無人の廊下に響いた。深夜に家を抜け出すなんて初めてのことで、それは大冒険の始まる音だった。
エレベーターを待ちながら靴を履いていると緊張はすっかりほどけて、どんどんわくわくしてきた。

誰にも会わないことを祈りながらエントランスを抜け、自転車を漕ぎ、夏の夜の湿った空気をかき分ける。雑に結んだ髪の毛先が、置いていかれないようにと私のすぐ後ろを追いかけてくる。


見知った街並みも眠ること。
深夜の自動販売機の目に刺さる眩しさ。
品出しをしている、知らないコンビニ店員。
車が通らないからか、いつもより長く感じる赤信号。
自転車を降りて座る防波堤のかたさとざらつき。
畏怖を覚える暗い海と、正反対に優しい波音。

雲が流れていくと、その隙間から現れた煌々とした月が海にとろけて揺れた。

1/fのゆらぎなんてまだ知らなかった頃、波に撫でられる月をぼんやり眺めていると、無性にそわそわしていた心がゆっくり凪いでいくようだった。

私がクラゲが好きなのは、あの月のゆらめきを、できることなら朝まで眺めていたかったからなのかもしれない。

補導されたり絡まれたりするのが怖くて、人の気配がする前に帰った。
冒険の戦利品として自販機でリンゴジュースを買おうとしたけれど、歯磨きをしたのを思い出して、結局いろはすを買った。

玄関を開けて親がいたら、きっと叱られて私の冒険は負けに終わる。
家を出る時以上に飛び出しそうになる心臓を押さえながら、息を殺し鍵を開ける。閉めた時より音が響いた気がしたが、玄関の電気は暗いまま。私の勝ちだ。


念の為トイレに行くふりをして静かなリビングを覗くと、家の空気も寝息を立てている。そっと手洗いうがいを済ませ、自室のベッドに戻る。
身代わりのように布団を膨らませてくれていた枕を抱えて、波に揺れる月を思い出して目を閉じた。

いまではすっかり夜にお酒を買いに行っても補導されない年齢になってしまったけど、夏の夜はわくわくの気配が残っている気がします。

これはまだ制服を着ていた頃の私の、ほんの数十分の大冒険の話。

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