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メスカル:神話を越えた先にあるもの

メスカル。それはリュウゼツランから作られるスモーキーな蒸留酒のこと。ついに日本でも、今年10月21日がメスカルの日に制定され、東京大阪の両市でイベントが行われるなど、このメキシコが生むお酒に対し、にわかに注目が集まっている。本文は、メスカルの魔術性について、実際に生産に携わった経験のある自分に意見を聞かせてほしいとメキシコ人の友人から依頼され作成した文章の日本語訳に加筆修正したものである。オアハカの小村のパレンケ(メスカル蒸留所)におけるメスカル生産を最前線からレポートする。

そもそもメスカルって何?という方には、こちらのサイトの情報がとても詳しいのでおすすめ。https://tequilajournal.jp/mezcal/

メキシコ及び世界各国において、メスカルは愛好者を日々増やし続けている蒸留酒である。僕もメキシコに住んでもうほぼ10年。最初にその名前を聞いたのは2013年末のことだっただろうか。昔のメスカルの立ち位置をよく知る年上の友人たちの話によれば、シティやその郊外においても、以前はとても安い値段で売られていて、消費者も地域の酔っ払いがほとんどだったそうだ(酔いどれの皆さんも昔はうまいもん飲めてたんだね)。それが今や世界的にブームを起こしているお酒として認知が進みつつあるのだ。

僕がメスカルを飲み始めた当時から、その流れはとどまることを知らない。その頃販売を開始していたブランドは今や2-3倍近い値段がつき、アガベ(メスカルの原料のリュウゼツラン)の生産不足やメスカルの人気急上昇で、これからもこの価格上昇傾向は維持されていくだろう。さらには、セレブたちの市場参画という新たな局面を迎えており、米国の有名ドラマ、ザ・ブレーキング・バッドの主役男優2人(アーロン・ポールとブライアン・クランストン)、メキシコの有名俳優ルイス・ヘラルド・メンデス、レゲトン歌手のマルマなど枚挙に暇がないほど商品化ラッシュが続いている。意匠をこらしたボトルに入れられたこの無色透明の液体。愛好者は増える一方だが、どうやって生産されているのか、メキシコでも詳細を知る人はまだまだ少ないのが現状だ。

メスカルを取り巻くこの状況の中で、日本人がメキシコ人に対し意見するのは正直なところ差し出がましい気もするが、今日に到るまで自分が携わってきた生産現場で見聞きし、実際にした仕事の中から自己の経験と見解を伝えておきたいと思う。メスカルに関わる、ニューエイジ的かつ魔術的神話を解体し、長きにわたるアガベ栽培の日々と労働の中から生まれてくる味、つまりは生産者のおかれている状況への理解を深めることが本文作成の目的である。

自身のメスカルをめぐる転機は2018年であった。もともと酒好きで、テキーラやメスカルも時々飲んでいたが、それほど味にこだわりもなかった自分が、この蒸留酒の背景にある世界を知り、地酒の深い味わいに惹かれるようになった。以来ほぼ大手業者のメスカルを口にすることはなくなり、それほど知られていない地方で作られたものを好んで口にしている。そういった意味では、2018年は自分にとって分水嶺だったのだと思う。

その年、初めてオアハカの北部山地(シエラ・ノルテ)に入ることになった。特にシエラ・フアレスと呼ばれ、サポテコ人が多く住む地域である。当時は国立自治大学のラテンアメリカ研究科博士後期課程に所属しており、フィールドワークの一環としてメキシコシティや他地域を往復しながらも足掛け2年の調査に入っていた。まず足掛かりとして北部山地のイクストランという街に下宿先を見つけ、当地の大学に通い先行研究を漁ること一ヵ月。すぐに現地の祝祭や社会性構築におけるメスカルの重要な役割に気づくこととなった。そして同年の独立記念日のタイミングで、僕はサンティアゴ・ソチーラという村に偶然たどり着く。

村役場建物(中央)

それからもう4年。あのときの感動は今も忘れられない。村役場で村長に挨拶しに行った時、村長がまず一杯メスカルをくれたこと。その一杯のうまいことといったら、今までのメスカルの味を覆すものだった。これまで自分が飲んでいたのはなんだったのだろうか。入り口は甘く、喉を通り抜けた後に感じるスモーキーな苦味。清涼な北部山地の空気の下で、本当の意味での「大気澄みわたる地」で、このうまいメスカルを飲む。これ以上の贅沢があるだろうか。大量生産メーカーのものとは明らかに違う、濃厚な味がそこにはあった。

村に着いた日は幸運なことにもちょうどメスカル生産の真っ最中だった。僕の目的は各村の役場の人たちに自己紹介をし、今後の研究のために滞在許可どりをすることだったのだが、結果的にソチーラにはそのまま5泊も世話になることになる。それも着替えがなくなったので一旦イクストランに帰ることにしたのだ。この村にはそれほど多種のアガベはなく、エスパディン、トバラ、メヒカーノの3種がメインで、他にもアロケーニョの生産が少々。何かと希少な野生種アガベに注目が集まりがちだが、継続して生産している無農薬無添加アガベから作るメスカルがいつも安定して美味しいということは実は簡単なことではない。

エスパディンと呼ばれる最もオアハカでは一般的なアガベ

何が言いたいかというと、アガベの成長にはとても長い時間がかかる、ということ。エスパディンとトバラは通常5~7年、アロケーニョは12~15年ともいわれる年月をかけて栽培される。実際の蒸留は20日ぐらいで全工程が終了するが、メスカルの味わい深さの理由は、生産者の長年の労働にあると言い切ってしまって間違いない。播種あるいは、根から分岐して育ってくるアガベを畑に移し替えてから、年に2~3回は必ず雑草取りをしなければならない。アガベの先端の針の部分はとても鋭利で、体に刺さるとかなりの痛みを伴う。実際に自分の指に刺さった時は、関節に刺さってしまい指が曲がらなくなるほどはれ上がった。そんなあほみたいに貫通力の高い針をかわしながら山刀(マチェテ)を使って皆器用にアガベ周囲の雑草刈りをするのだ。

ソチーラでの生産は伝統的手法に基づくもので、パレンケにはタオナと呼ばれる石臼、アガベを蒸すための石窯、木製の発酵用の桶、銅製の蒸留器などを使用している。蒸留器はもともと土器を使っていたが、近年になってからは銅製が基本である。土器を利用する場合は、アンセストラル(先祖伝来)という称号を得ることができ、メスカルの色合いも味も値段も変わる。メスカル蒸留作業は、まずは地味な作業からスタートする。最初は蒸し焼き用の薪集めからだ。

集めた薪は後に釜の中心にセットする

その後、アガベの伐採である。ここが一番のハードワーク。まず、肉厚な葉を山刀で切り落とし、なおかつアガベの中心下部に半月形の刃を差し込んで、ハンマーを打ち込んで切り倒していく。切り倒されて丸くなったアガベはそのパイナップルのような形状からピニャと呼ばれ、立派なものは100キロを超える。これを斧で2等分なり3等分にするのだが、本題はここからだ。北部山地はマタトランやトラコルーラのようなオアハカ中央盆地で生産の大部分を担っている平野地帯とは地理的条件が異なる。傾斜がほとんどの農地は車道からの距離も遠い。ではどうやって車道までこのピニャを持っていくのか。無論、マンパワーで担ぐのである。

アガベを切り倒す

運搬にはメカパルというアガベの繊維で作られた頑丈な用具を使う。頭と首に負荷がかかるようにして切られたピニャを担ぐ。これがとんでもなく重くて、仕事の終わりには歯ぐきから血が出るほど。首が折れないように歯を食いしばりながら担いだ。ふらつく足をなだめながら、車道のトラックまでピニャを持っていく。しかも、半分に切ったアガベから出る液体が身体に接触すると、患部が滅茶苦茶かゆくなるというおまけつき。気温は高くても、首まで覆える長そでシャツやジャケットは必須である。

アガベを担ぐ筆者

この村では珍しいことに共同生産用のメスカルと個人生産用のメスカルが区別されている。共同生産用とは、いわゆる共同寄託とよばれる生産消費形態で、村のパレンケにおいて村役とその他の男たち総出で行われる共同作業で生産されるものである。販売で得る資金も共有財産で、村の保守整備やローン、あるいは村祭りの費用として運用される。一方個人生産は、各人で育てたアガベを消費販売用に、より小規模で生産するものである。筆者が初めて参加したのは共同生産の方で、多くの村の男たちが入れ代わり立ち代わり手伝いに来ていた。この伐採したアガベをパレンケに運び込んだら窯に火を入れる。

釜にアガベを投入し蒸す

その後、窯で蒸したら、冷めるまで待った後ピニャを取り出し、木製の発酵樽に移す。アウエウエテと呼ばれる木の皮を発酵促進用に少量混ぜ入れ、水を入れて、発酵を促す。外気の温度など気候条件を加味しながら、メスカレーロあるいはマエストロと呼ばれる、酒でいう杜氏にあたる人たちが木樽の中の発酵中のアガベを味見して、4-5日ぐらいのどこかで蒸留スタートを判断する。蒸留器にはこの発酵したアガベとその汁、そして水を投入する。銅製の蒸留器の下部は竈になっていて、火を絶やさぬように薪を適量投入しながら蒸留を行う。

樽で発酵を促す

この蒸留の作業を2度行い、高濃度で出てきたメスカルの度数を下げるために、コラと呼ばれる、蒸留の出がらしの薄くなった部分を用いて、大体42-50度ぐらいまで度数を下げる。度数計などで計量することなく、メスカルにできる気泡と味の感覚だけを頼りに度数を調整するのである。発酵から蒸留のタイミングと、アルコール度数の調整こそがメスカレーロの腕の見せ所である。カリソと呼ばれるアシの茎を利用して、ヒカラ(ヒョウタンの一種のような)という容器に吹き付けるときにできる泡の形状だけが度数判断の基準なのだ。

ペルラと呼ばれる泡が度数の決め手
引用元:https://mezcologia.mx/perlas-del-mezcal-2/

今年我々が行った生産から計量すると、大体1トンのアガベ(エスパディン)からわずか85-90リットルのメスカルしか生産できなかった。これは驚異的な数字で、アガベ1キロに対して85-90mlしか生産できないということは、つまり3オンス入りのベラドーラと呼ばれるショットグラスを飲み干すたびに1キロのアガベを消費している事になるのだ。この希少性と濃厚さ。だからショットのように素早く飲み干すのではなく、ゆっくりちびちび飲んでもらいたいと思う。アガベのエッセンスがぎゅっと詰まったこの一杯、メスカルの魔術性の理由はここにある。

このベラドーラに3オンス入る
引用元:https://nacionmezcal.com.mx/2019/03/27/mezcal-sin-cruda-2/

これだけ貴重なお酒なのだが、一方で、メスカル生産大手が作る商品化されたメスカルは、年々品質を落としてきている。高価格の割に味に深みがなく、口に入った時の味わいと、喉元を通る時の味の違いを感じさせない。その理由の一つは水で薄めすぎていること。度数が40度ないメスカルというのは、それだけ水増ししているということを示唆している。世界的な需要の高まりの中、伝統的手法でメキシコやその他の各国の旺盛な消費に応えることは不可能である。機械導入、生産者からの安い価格での買取り、成長しきっていないアガベの使用、水増しによる量の確保などがなければさばききれないだろう。よって、メジャーな商品の品質劣化が必然的に進んできた。

この点で、オアハカ北部山地は地形的にも大量生産にはまるで向いていない。そこが味の利点であり、中央盆地のような大気汚染の影響もなければ、農薬の使用もなく、湧き水や雨水を利用することでその品質は維持されている。しかし、そういった場所にすらメスカルのブームは新たな影響をもたらし始めている。昨今の中間買い取り業者の増加は、品質のよいものを安く買いたたこうとする傾向に拍車をかけている。生産者もまた、経済状況によってはその安すぎるオファーを受けざるを得ない環境があり、フェアな最低価格設定に向けての早急な体制づくりが必要である。

ポブレ・メスカル(貧しきメスカル)。スペイン語のみでしか閲覧できないが、下記リンクはオアハカ南部山地におけるメスカル生産者の苦悩という、メスカル産業の闇を追ったドキュメンタリーである。芸能人とのコラボ製品や有名メーカーが利益を独占する構造の中で、虐げられている小規模生産者たちの現状をドン・ルイスの経験から提起する短編。

https://www.youtube.com/watch?v=as_RYnGDqgM

メキシコや中南米諸国において、こういった状況はメスカルに限ったことではない。その他多種の農産物、服飾や伝統工芸品などで日常的に起こっている悲劇なのである。資本システムは市場の空隙に絶え間なく入り込んでいって、ジェントリフィケーションを起こす。結果、小売り価格だけが無暗に釣り上がり、内実は劣化し空洞化されていくという現象が起こる。我々もそのような事態への危機感から、昨年からサポテコ語でラシュダウ・ジェシュ、スペイン語でコラソン・デル・プエブロ(村の心)というメスカルブランドを立ち上げた。利益のほとんどが生産者に還元されるような形で、主にメキシコシティの個人顧客やレストランに卸している。日本への輸出は、いずれは考えるかもしれないが、小規模生産なので今はメキシコ国内での安定した流通経路の確立が優先事項となっている。持続可能な生産と販売モデルの構築が目下の目標。

下記リンクよりブランドのインスタにアクセス可能。メッセージお気軽にどうぞ。https://www.instagram.com/mezcal.lhashdauyesh/

さて、本文では、メスカルの魔術性を理解するうえで最も重要なのは、表層的な神話ではなく、その土台を支える生産者たちの労働の日々に思いをはせることだということを指摘した。今回の事例で触れているオアハカ北部山地においては、互酬的労働の中で、各生産者の年月と汗水の結晶として生成されるものがメスカルなのである。アガベの成長にかかる年月だけ、生産者たちの日々の生活が詰まっている。昨今のブームで市場には個人ブランドが溢れかえっているが、各ボトルの裏に生産者一人一人の物語があることにも思いをはせてもらいたい。消費者としての我々は、メスカルの背後にある世界を少しでも理解することで、その神秘的な言説を解体し、より深い慈しみや喜びをもって一杯を楽しむことができるようになるだろう。

自分としても、これから生産に関わる全ての作業が一通りこなせるようメスカルづくりをまだまだ実地で勉強し続けていく所存だ。そして今後メスカルに関するドキュメンタリーを作成したいという思いもある。とにかくまずは、来月の畑拡張から。またリポートしたい。


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