84歳寅年京子ばあちゃんの老いるを楽しむを書き留めてみる その二十一
天気予報では今年の梅雨は早いようで、夏は暑くなるそうですね。
娘から、夏は熱中症に気を付けなさいと言われますけど、電気代が上がると、冷房を控えなければいけないのがつらいですね。逆に、みんなで冷房を使うのをやめたら、室外機が動かないので、外の空気は涼しくなるようですよ。試してみたいけど、難しいでしょうか…
昔は打ち水といって、家の前の道によく水を撒いていました。京都の町家できれいなお姉さんが浴衣姿で左手に桶をもって、ひしゃくで優雅に打ち水をしている姿は日本の風物詩でした。見ているだけで涼しくなります。うちは子供達に「水を撒いて」というと、短パンにゴム草履をはいて、ホースを伸ばしてキャッキャ言いながら空に向かって撒いていましたけど。(笑)
さて、息子が会社を辞めて築地の魚屋になったのは忘れもしない2004年7月1日。
サラダ記念日ならぬ「魚屋記念日」。「河野」の家は瀬戸内海の海賊の血と言われているので、昔と変わらない海に関わる仕事ができてご先祖さんも喜んでおられることと思います。
15年ほど前になりますが、夫と次女と3人でその瀬戸内海の河野のルーツを辿る旅に出ました。もちろん、正式な家系図があるわけではありませんので、私たちの名字の歴史をたどっただけのことですが、絵巻を見た時、犬を連れている一遍上人の顎が尖っていて、夫や次女の顎にそっくりで、やはりDNAを感じずにはいられませんでした。以来、河野の先祖は海賊と信じています。
瀬戸大橋を渡って大三島に行き、河野水軍のゆかりの神社「大山祇神社」を参拝しました。
境内に入ると、日本最古の大楠と呼ばれているご神木が迎えてくれます。樹齢2600年以上ということは、源平合戦よりもはるか昔、弥生時代か、もしかしたら縄文時代からその場に根を張って様々な時代の人間の営みを見守ってこられたわけで、その壮大な時間が、今を通してさらに未来へと続くよう、祈らずにはいられません。
宝物館には、ちょうど今NHKの大河ドラマで放送されている鎌倉殿の源頼朝や壇ノ浦の戦いで身につけていたとされる義経の鎧が展示されていて、千年も前のものなのに、室内にはピリッとした緊張感があります。そういえば、「耳なし芳一」の物語も壇ノ浦の合戦で海に沈んだ平家の霊に呼ばれて琵琶の演奏にいく話でした。子供の頃に聞いたときは怖くて眠れなかったけど、実際はとても悲しい物語だったのですね。
そして、日本で唯一の女性の鎧が展示されていました。
鶴姫という瀬戸内のジャンヌダルクと呼ばれた女性の鎧です。ウエストがくびれていて、とても小さくて、この華奢な女性戦士に屈強な男たちが従ったことを想像すると、小気味良ささえ感じます。
河野一族から出家した一遍上人の「さけばさきちらばおのれとちる花の ことわりにこそ身はなりにけれ」という言葉があります。「咲く時が来たら咲き、散る時が来たら散る、花と自然の道理が私の生き方である」という意味で、大事にしている言葉です。あまりにも当たり前で、だけど難しい。そうありたいと願う日々です。
大三島から生口島にわたり、平山郁夫美術館を訪ねました。画伯が生まれ育った島には、彼の子供の頃に描かれた作品も展示されていましたが、瀬戸内の穏やかな海と太陽の光に感性をはぐくまれたのだなあと思わずにはいられません。集落は今も井戸水のポンプがあちこちにあって、本当の豊かな暮らしとはこういうものかもしれないと、時間を忘れたひとときでした。
瀬戸内ではもちろんおいしい牡蠣や新鮮なお魚をいただきました。
今夜はあの穏やかな瀬戸内の風景を思い出しながら、たい茶漬けでもいただきましょう。