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終わりがあるのは良いことだ【434/500】

2021年も最終日となりました。株式会社はこの亀谷です。

現在は、インターネットマーケティング事業をやりながら、人の集まる担々麺屋母とのコラボnoteの運営など、新しいコミュニケーションのあり方を模索しております。

2021年は「資料作成&プレゼン大全」を発売しまして、無料セミナー実施中です。世の中から少しでも非効率な資料作成がなくなれば良いなぁと思い、ボランティアでやっていますので完全無料でやっています。

毎回ブラッシュアップしていっておりまして、なかなかの仕上がりになっておりますので、ご興味ある方いらっしゃいましたら、facebook/twitterなどでメッセージいただければ対応いたします。2022年も1月に既に5社決定しております。

 さて、本日は「終わりがあるのは良いことだ」について書きます。

40歳不惑を迎え、いろいろな終わりについて考えた1年でした。

2021年1月で私は40歳になりました。

論語の中で不惑として挙げられる40という歳を迎え、今年は自分が生きる意味、会社を経営する意味、そしてその終わりに関して悩み続けた1年でした。

自動的に終わりを迎える1年とは違い、人生も会社も明確な終わりが見えにくいです。

終わりが見えないからこそ、自分が何をやって生きたいのかが非常に重要になってきます。

ただ、40年も生きていると、自分がいらないものに関しては明確に見えてきます。それをコツコツそぎ落とし、そぎ落とされなかったものに使える時間を増やしていく。

そんな時間のやりくりを日々行いながら、自分とは何かについて考え続ける一年でした。

残念ながら、今年1年かけても結局何をやって生きたいのかという答えには辿りつけていません。ただこんなことを来年も再来年もやりながら、徐々に天命に近づいていくのかなぁ。という気はしています。

若い頃とは違い時間が有限であること。

終わりが近いことは明確に意識出来ています。

このまま、いらないものをどんどん削りおとしていく作業を続けることは、ある種の終活の始まりなのかもしれません。

見えないゴールを探し続けた結果、今年の最後の感想が今日のタイトル。

1年は必ず終わるから良いね。

でした。

人間、遠く先のことをずっと追い続けるのはとても難しいことです。

自動的に約365日で終わりを迎える暦というのは、生きていくために生み出された知恵のような気がしています。

2021年も最終日。

一つの区切りとして終わりがあるというのは、とても良いことだと思います。

来年はさらに自分と会社の未来を考え、無駄をそぎ落とし、結果にコミットしていきたいです。

それでは、皆様、今年も一年ありがとうございました。

明日から2022年を頑張りましょう!良いお年をお迎えください。


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亀谷 誠一郎 / 粛々と働きます
現在、母とのコラボ企画を行わせていただいております。サポートいただいたものに関しましては、全て実家の母の創作支援費用として利用させていただこうと思っております。何かお礼できることがあれば考えますので、お気軽にご相談ください。いつもありがとうございます! かめ