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ネブワースの想い出~ダーレンとアンドレア
その二人に出会ったのは、ネブワース近郊のホテルのフロント。
2014年7月、40周年を記念して、アイアンメイデンとメタリカをメインアクトに開催された、ネブワースフェスティバルに参戦した時だった。
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この時メイデンはまだThe Book of Soulsリリース前、この聖地の記念すべき40周年にMaiden Englandツアーの千秋楽を行い、さらにブルース自ら、自身が所有する複葉機をネブワースの上空で模擬飛行する、というエキサイティングな記念のおまけまで付いた。
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ホテルから会場までのタクシーを呼ぶのに、時間がかかるというクラークと私のやりとりを聞いて、差し支えなければ、タクシーをシェアさせてもらえないか、とダーレンが話しかけてきたのだった。
妻も一緒だと言って紹介されたアンドレアは、イギリス人女性としては小柄なほうで、アルフィーの坂崎幸之助さんを可愛くしたような感じ。ニコニコとして物静かで落ちついた話しぶりだが、言うことの気が利いていて、好感が持てる。ダーレンは陽気で気さくで、見るからに気の良さそうな感じ。ただダーレンは私が苦手とする北部の訛りがあるようで、残念ながら話していることは半分くらいしか聞き取れない。あらかじめ英語のリスニングが苦手なので、ご迷惑をかけるけどと言っておくと、音楽こそが共通語だから、と、これまたアンドレアがニクイ事を言ってくれた。でも、それは才気走った感じではなく、誠実な人柄を感じさせられるものだった。
会場到着後は、見たいアーティストが異なることもあり、別行動となったが、帰りはシャトルバスに一緒に乗れればと、携帯の番号を教え合って落ちあうことにした。
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しかし、ライブ終了後の混乱とこちらの不慣れもあり、なかなか落ちあえない。気を利かせたアンドレアがショートメールを送ってくれたので、それを近場にいた会場のセキュリティに見せ、位置確認を何度かやりとりをすることで、ようやく居場所を知らせることが出来た。ダーレンが迎えに行くから、動かずにいろとのメッセージが届いたが、ようやく出会えた時は、シャトルバスは出てしまった後だった。
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結局、乗り遅れた観客が想定外に多かったことで、我々3人も追加のシャトルバスに座席を得ることが出来たのだが、バスに乗る時、意外なことに気付いた。アンドレアはバスのステップを上がれないのだ。ちょっと足を引きずるような歩き方をする、とは思っていたが、往路のタクシーでは私が先に助手席に乗ったこともあり、全く気がつかなかった。
心配そうに見ていたからだろうか、アンドレアが曲がった指を見せて、怪我をしたわけでなく持病だから大丈夫、と言ってくれた。私の英語力では病名が理解できなかったが、年恰好や状態から行って、慢性関節リウマチではないかと思う。
本当なら早く乗れた先のシャトルバスを見送り(しかもその時点では、追加のバスがあるかどうかは未定だったはずなのだ)、足の悪い中、見ず知らずの日本人の私を探し、待っていたくれたのかと思うと、胸が熱くなった。すれ違いだけでなく、こんな状況を引き起こしてしまい、恐縮しきってなんども二人にお詫びすると、またニコニコとシャトルバスの運営の方がおかしんだから、気にするな、それよりメイデンはどうだったか?とどこまでも二人は気さくだ。
ホテルに着き、ダーレンがニコニコと、小柄なアンドレアを抱き上げ、アンドレアも安心しきって身を委ね二人はバスを降りた。ベターハーフという言葉は、この二人のためにあるように思ってそう伝えつつ、暇をこいて部屋に戻った。
この二人と過ごしたのはこの時だけだったが、二人はイギリス滞在中、こちらを気遣うショートメールを何度かくれた。私は離英時、ヒースローで再度、これで本当にあなた方とイギリスに別れを告げる時が来たと返信し、もし日本に来るようなら連絡をくれと、アドレスを送った。
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この夏(2022年)、アイアンメイデンのライブを観にヨーテボリに行く予定でいた。会場のUllevi Stadiumは、白夜下でメイデンを堪能できると名高い会場だが、情勢もあり断念した。しかし、これまで無事に海外参戦出来たことが、いかに有難く尊く、そして多くの人に支えてもらっていたのかと、今、温かい思いに包まれている。
確かに海外では、思わぬことやちょっと不快なことも、時にある。
しかし音楽を通じての出会いにおいては、どの人も誠実だった。それこそ、アンドレアのいう「音楽こそが共通語だから」ということなのだろう。In Music we trust、この言葉を胸に刻む時が来ることを願ってやまない。