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“あなたの為に”タブー化と義務化を正義とする愛しさと不器用さについて

私が母の一部だったとき、私はずっと男の子と見なされていたらしい。
中学生の頃の友達のうなじを見た時、見ちゃいけないものを見た気がした。
ここから先は越えては行けませんよ、と自分の中の、誰かが自分を止めた。

自然なものを不自然に見せる世界で生きるなら、全てのものは嘘で埋め立てられ、全てが事実であったかのようにそこには公園が作られ花が咲いて鳥が鳴く。

多くのタブーが私を私じゃなくさせて、私は私にナイフで確実な部位を狙って効率的かつ義務的に刺される。

私にタブーを教える人は悪にも敵にもなれた。
けれど私の自覚あるなしに関わらず誰かに愛されている時、その誰かは本当は私の正義であって、味方だった。

言葉にしたらそれは本当の優しさではなくなってしまった。
悲しかった。
けれど言葉として形になったからこそ脳に記憶として、残る、から、自分の身体が燃やされて骨になったとしても会いたくないと思うあの人に、不幸でいて欲しくない。

だから天国も救いも愛もない地球が美しいって思える。

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