【 パンドラの箱が開く時 】vol.6 忘れられない恋 ❦恋愛小説❦
莉子へ
心に焼き付けてる写真は
沢山あるのに
スマホにはたった1枚
あなたの後ろ姿
写真に写し出せない愛が
痛みに似た痺れとなり
今も疼く
あなたが望んでくれたように
今の私は輝けていますか?
お互い子供だったねと
あなたは笑いますか?
エレン
莉子と一夜を共にした私は幸せでいっぱいだった。朝目冷めたら私の横に莉子がいる。あったかい体温が伝わってくる。まだ寝てる莉子を優しく包むようにしながら柔らかなマシュマロのような口付けをした。
「莉子、おはよぉ。」
「うぅぅ~ん、エレン⋯。もう⋯これ以上は無理だよぉ。」
「ちょっと莉子、寝ぼけて変な事言わないでよ。そろそろ起きて。」
「あぁ、うん。」
「⋯、目を閉じて何してんの?」
「言わなくてもわかるでしょぉ?お目覚めのチュウしてよぉぉ。」
「だから、さっきから何回もチュウして起こしてるんだよ。でも莉子が起きないから⋯。もうおあずけ。」
「えー、エレンのいじわるぅぅ。」
2人だけの甘い空間。人を好きになるってこんなにも幸せなんだと初めて知った。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、帰る時間がやってきた。外に出ると雨が降っていて、莉子が傘を差してバス停まで送ってくれた。私は周りから見えないように傘を傾け、傘に隠れて莉子にキスをした。離れたくなかった。
それからというもの受験勉強をしてくると言っては、2週間に1度の割合で莉子の家に泊まりに行った。
2人だけの時間は誰の目も気にすることなく、ただただ甘い時間を過ごすことが出来た。。私は文武両道の進学校が第一志望だったから、受験勉強は頑張った。地頭の良い莉子は一緒に勉強しているうちに成績も見る見る上がり、私と同じ志望校に進学出来るとこまできていた。
「莉子、同じ高校に行こうよ。これからも莉子とずっと一緒にいたい。」
「うん。でも私そこでやっていけるかな?」
「心配ないよ。これからもずっと私がそばにいるから。」
莉子は若干不安そうだったけど、私は一緒の高校に行ける嬉しさからあまり気にしていなかった。この時、もっと莉子の不安に耳を傾けてあげていれば⋯。
私と莉子は同じ高校に願書を提出した。受験までそろそろ1ヵ月を切ろうとしていた。
今日も莉子んちに泊まりに来ている。
「勉強もキリがついたし、そろそろ寝よっか。」
私は莉子に優しくキスをし、パジャマのボタンに手をかけた。すると、
「今日は疲れちゃったから⋯、ごめん。」
「そっか、じゃ、腕まくらしてあげるからゆっくり休んで。」
莉子がこんな風に断ってきたのは初めてだったけど、受験勉強の疲れと不安からかなと、さほど気にとめていなかった。今思えばこの頃から色々考えてたんだろうなと思う。
そしてついに受験の日がやってきた。
「莉子、頑張ろうね。」
「う、うん。」
「緊張してる?」
「少しね。」
莉子の表情が暗いことが気になっていた。私は莉子の手をぎゅっと握り励ました。
「やることは全部やってきた。莉子
⋯、心配いらないよ。これからも2人同じ道を行こうね。」
「⋯、うん。」
4教科が終わりあと1教科のみになった時、莉子が言った。
「エレン、万が一私たちが同じ道を進めなかったとしても、エレンは前だけを見て自分の道を歩いていってね。約束だよ。」
この時に私は気づくべきだった。
莉子がしようとしている事に。
そして全ての教科が終わった。
私は2人の未来について何一つ疑っていなかった。
卒業式当日
卒業式を無事に終えた私達は、この中学ともお別れなんだと感慨深い気持ちで体育館にいた。バレーボールが1つ転がっているのを見つけた私は、1人トスをしながら話した。
「久しぶりのボールの感触懐かしい。莉子と出会ったバレー部は私の青春そのものだよね。莉子、私さぁ決めてることがあって⋯。」
「なぁに?」
「やっと親からスマホを買ってもらって、本当は今でも莉子の写真⋯、莉子と2人の写真を沢山撮りたいんだけど我慢してる。なぜだかわかる?」
「⋯なんで?」
「それはね、合格発表の時のとびきりの莉子の笑顔を【初めての写真】にしたいから。1枚目の写真は、これからの2人の新たなスタートの写真にするって決めてるんだ。ちょっと、大袈裟かな?」
莉子から返事はなく、トスをする音だけが体育館に鳴り響いていた。
カシャッ!
莉子はトスをしているエレンの写真を1枚撮った。
それに私は全く気づいていなかった。
トスを止めて莉子に近づくと莉子が涙ぐんでいる。
「どうしたの?泣いてるの?」
「ごめん、卒業だと思ったら悲しくて。私、バレーをしてるエレンに憧れてそこから好きになったんだなぁと思って。エレンはバレーをしてる時が1番輝いてる。約束だよ。何があってもその輝きをなくさないでね。」
「大袈裟だなぁ。でも約束するよ。」
莉子は溢れそうになる涙をエレンに見られまいと必死に堪えていた。
合格発表当日
「発表見るのやっぱ緊張するね。でも私心配してないよ。2人とも合格してるって信じてる。そしたら莉子の笑顔の写真、このスマホでいっぱい撮るんだぁ。」
莉子はずっと黙っているけど、緊張してるんだろうと思って私が1人でしゃべった。
そして職員の人が合格者の張り出しを始めた。
みんなが食い入るように番号を見つめている。私も自分の番号を探した。
「やったー、81番あった。」
「莉子の番号は⋯」
「えっ、⋯うそ⋯。」
何度目を凝らして見てもそこに莉子の番号はなかった。歓喜に沸いている人の輪の中から莉子が1人遠ざかっている。私は頭が真っ白になり莉子の後を追った。
「⋯ねぇ、待って莉子。」
私は莉子の手をつかんで呼び止めた。
「エレン、私なら大丈夫だよ。結果はわかっていた事だから。」
「えっ?どういうこと?」
「直前まで迷っていたの。ほんとにエレンと同じ道を進めるのかって。だから4教科までちゃんとやった。でもね⋯、5教科目を白紙で出したの。だから結果は見なくてもわかってた。」
「何言ってんの?言ってる意味が全然わかんないよ。」
「私ね、不良だって言われてる友達関係、やっぱり切ることができない。そんな私が進学校の中でやっていけるとはどうしても思えない。」
「なんで?そんなことないよ。」
「川の魚が海で泳げないように私にも無理だよ。エレンの事は愛している
けど、少し前から無理して疲れてる自分にも気づいてた。」
「それは⋯、気づいてあげられなくてホントごめん。だからってなんでこんなことするの?話してくれればよかったのに。」
「エレンの受験の邪魔はしたくなかったから。」
「エレン、私達⋯、今日で終わりにしよう。」
「な、なんで?どうしてそうなるの?高校の事と、私達の事ってイコールじゃないよね。」
「高校に行けば人間関係も変わると思う。自然に会わなくなって自然消滅⋯。そんな別れ方をする位なら今ちゃんとお別れが言いたかったの。」
「莉子ひどいよ。1人で勝手に決めないで。いいよ、私も公立蹴って私立に行く。それならいいでしょ。」
「ダメだよ、海の魚も川では泳げないんだよ。エレンには無理だよ。」
「じゃぁ、どうすれば⋯?」
「後ね⋯」
「やっぱり女の子同士でこのまま続けていけるとは思えない。」
私はすっと血の気が引いていくのがわかった。それを言われたら返す言葉は何もない。引き止めたくても引き止められない。同性なのは変えられない現実だから。
私は頭を抱えてしゃがみこんだまま、息も出来なかった。
「エレン⋯、エレンはエレンの道をまっすぐ歩いていって。私は自分がエレンから輝きを奪うのが耐えられないの。同じ道を歩く事は出来ないけど応援してる。」
「莉子、こんなの私⋯心がもたないよ。」
「⋯⋯⋯。」
「⋯、苦しくて、息も⋯出来ない。」
莉子が私を抱きしめて言った。
「愛してる気持ちは変わらない⋯、これからもずっと。エレン、ずっと輝いたままでいてね。」
そう言って、私から去っていった。
私は遠ざかっていく莉子の後ろ姿に、やっとの思いでポケットから出したスマホを向けた。
カシャッ!
私の写真フォルダに莉子の写真はこれ1枚きり。去っていく後ろ姿⋯。これ1枚だけだ。
合格してとびきりの笑顔の写真を沢山とるはずだったのに⋯。スマホを抱えたまま私は泣き崩れた。1人で立ち上がる事さえ出来なかった。
その頃莉子もまた、泣きながら1枚の写真を眺めていた。卒業式の日に撮ったエレンが1人でトスをしている写真。
私が持っているエレンの写真はこれ1枚だけ。1番エレンが輝いているバレーをしてる写真。私が好きになったエレンそのもの。
私が苦しいようにエレンも今苦しんでいるはず。ごめんね、エレン。でもこの選択が間違っていないことを私は祈っています。私達はあまりにも幼すぎた。自分たちでどうにもできないことが多すぎて、もう少し大人になってから出会えたならば違う未来があったのかな?初めてエレンと1つになった夜、あなたは言ってくれた。
「莉子、これから寂しくなった時には必ず私を思い出して。今から私が莉子に忘れられない夜をあげる。」
忘れないよ、エレン。
この思い出を抱いて私は生きていきます。
莉子
あれから12年の月日が経ちました。
私があの後、どう生きてきたか知っていますか?
それをあなたに伝えられたら、この胸の痛みも消えますか?
𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭
次回、最終回