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【世界を色に例えたら】❦愛の物語❦ vol.3

タクシーに飛び乗った沙羅は病院へ向かった。着くなり玄関を入っていく直人が見え、沙羅は大声で呼んだ。

「直人くーん。」
「あっ、沙羅、丁度よかった。一緒に行こう。」

急いで病室へ入ると、丁度担当医が診察をしているところだった。直人は焦るあまり上擦った声を出した。

「さっき、意識が戻ったって連絡もらったんですけど。」
「はい、一旦意識は戻りましたが、今はまた意識レベルが下がりました。事故から半年近く経って意識が戻ったのは奇跡に近いと言えます。焦らず様子を見ていきましょう。」

そう言うと先生は病室を出ていった。

「葵ちゃん、葵ちゃん、沙羅だよ、聞こえる?ねぇ、これ葵ちゃんの大好きな杏の写真だよ。葵ちゃんがいつ目覚めてもいいように杏の写真、私がいつも持ち歩いてるんだよ。」

そう言って沙羅は、写真フォルダーに入っている杏の写真を葵に見せた。

「その写真は?」
「葵ちゃんが大事にしてる杏の写真。杏のことを心配してた葵ちゃんは、施設の先生と連絡を取っていたの。毎年誕生日に写真を撮って送って欲しいって頼んでたみたい。」
「そうだったのか。」
「だから意識が回復したら、1番にこの杏の写真を葵ちゃんに見せてあげたかった。」
「沙羅⋯、それなら尚更、高梨本人を連れてきて合わせたほうがいいんじゃないか?その方が刺激にもなるだろうし。」
「それはできない。施設で育った葵ちゃんは、施設の子の気持ちは自分が1番よくわかってるって言ってた。杏が施設を出たら一緒に暮らしたいって言ってたけど、親の迎えを期待しながら裏切られる子を何人も見てきたから、準備が整うまでは会わないって言ってたの。」
「俺も葵にプロポーズした時、結婚は少し待って欲しいって言われた。高梨が20歳になるまで2年間でいいから一緒に暮らしたい…って。2年あれば生活の目処もつくからって。だから俺も葵の気持ちを尊重して、それまで結婚は待つつもりだった。」

「ねぇ、直人君⋯。」
「んっ?」
「神様って本当にいるのかな?必死にバイトして杏ともうすぐ一緒に住めると思ってた矢先、バイト帰りに事故に合うなんて。」

2人はしばし黙り込んだ。

「俺、花瓶の水換えてくるよ。」

直人は、重たい空気を振り払うように努めて明るく言った。

「葵ちゃん、聞こえてる?私ね、葵ちゃんの代わりに杏のことを守ろうと転校までしたのに、全然うまくいかない…。」

沙羅は何も答えてくれない葵に向かって話した。

「あっ、そういえば、葵ちゃんが杏といくつもりだった動物園、今日一緒に行ってきたんだ。葵ちゃんから何度も話を聞かされてたから、園舎を回る順番まで同じにしちゃって杏に怪しまれちゃったけどね。」

……。

「葵ちゃん、私ね⋯、杏とキスしたの。自分でもね…、驚いてる。」



その頃、杏はまだ動物園にいた。
色々なことがありすぎて気持ちを整理する必要があったから。

いつも私に優しい眼差しを向けてくる沙羅。あなたの魅力に流されていく自分に戸惑いながら、惹かれていく気持ちを抑える事は出来なかった。そして今、不安が波のように押し寄せてくる。沙羅と岡村先生の関係、私の誕生日ごとに整理された写真フォルダー。1番わからないのは私達が出会う前から沙羅が私のことを知ってるような気がする事。

あなたは一体誰なの?
私に何を隠しているの?

X


沙羅、もう来てるかな?

次の日、杏はいつもの非常階段に行くのが少し遅くなった。顔を合わせても、何から話せばいいのか考えると気が重かった。

沙羅がいつもの場所にいるのが見えたその時、沙羅目がけて走ってくる岡村先生の姿が見えた。

「沙羅、こんなとこにいたのか。スマホにも出ないし探してたんだ。」

沙羅を呼ぶ先生の声は聞こえたが、話の内容までは聞こえない。すると、真剣な顔で聞いていた沙羅が両手で顔を覆い、見る見るうちに泣き出した。先生は沙羅の肩を優しく抱き落ちつかせている様に見える。そして、最後に何か話しかけると去って行った。

その光景を私以外にじっと見つめる者がいた。
それに気づいた私はそばに行き、声をかけた。

「待って、海斗。」
「…、杏。」
「ねぇ、間違ってたらごめん。さっき沙羅と岡村先生のこと隠し撮りしてなかった?」
「見てたのか?」
「やっぱり隠し撮りしてたんだ。ねぇ、それどうするつもりなの?今すぐ消してよ。」
「消せって?これネットに流してやれば、あの女1発で終わりだよ。」
「そんなことして何になるの?」
「おまえの周りをうろちょろして、迷惑かけるあいつが気に入らないんだよ。」
「海斗には関係ないでしょ。私たちの事に構わないで。」
「ホントにわからないのか?俺はお前の事がずっと前から好きだ。なんで最近来たあいつに邪魔されなきゃいけないんだよ。」
「海斗…。」
「杏、目を覚ませよ。さっきの見ただろ。先生に抱きしめられて泣いてるなんて、普通じゃないよ。」

そう言うと海斗はいきなり杏を抱き寄せた。

「杏の気持ち聞かせてくれよ。俺じゃダメなのか?」
「ごめんなさい。海斗とは昔から幼馴染みだよ。それ以上でも、それ以下でもない。」

杏は海斗から体を離そうとしてもがいた。

「何やってんの!」

するとそこに沙羅がやってきて海斗を引き離し突き飛ばした。

「杏、嫌がってるじゃない。」
「あんたには関係ないだろ!俺たち2人の問題だよ。」
「2人のって…、自分の感情をぶつけてるだけでしょ。杏はあなたに友達以上の感情はもってないって言ってる。」
「そういう自分は友達以上だって言いたいのか?女同士で。」
「私にとって杏は大切な人だよ。でもそれと性別って関係ある?少なくとも私は自分の感情を押し付けて、大切な人を傷つけたりはしない。」
「あんたに何がわかるんだよ。俺は昔から杏のことを守ってきた。施設の仲間にいじめられてる時も、先生にいびられてる時も俺が杏のことを守ってきたんだ。」
「海斗…。」
「あんたさぁ、偉そうなこと言ってるけど、さっき岡村先生と抱き合ってただろ?杏のことが大切だとか言いながら、男と抱き合ってるあんたが俺には意味わかんねぇよ。」
「それは…。」
「海斗…、もういいよ。とにかくお願いだから沙羅と先生の動画を消して。」

すると、海斗は無言でスマホを操作した。

「今、Xに投稿した。やましい事がないなら誰に見られたっていいんだろ。」

そう捨てゼリフを吐き、走っていった。

「どうしよう…。沙羅が岡村先生と抱き合ってるとこ、海斗が動画に撮ってたの。その動画をXに投稿したって。私が海斗を拒否したからこんなことに…。」

「杏のせいじゃないよ。」

沙羅は泣き出した杏を落ちつかせようと、ゆっくりと背中を擦った。
そして、瞳から溢れ頬を伝う涙を優しいキスで受け止めた。


海斗が投稿した動画はまた瞬く間に拡散された。前回拡散された学園祭の動画と共に、面白おかしく編集された物もあった。ティーンに人気の現役トップモデルが男性と抱き合ってる動画はアンチの格好の餌食だった。

それからしばらく沙羅は学校を休んだ。停学処分になったっていう噂も聞いたけど本当の所は分からない。LINEを送ったけど未読のままだし、岡村先生に尋ねても何も答えてはくれなかった。



混沌とした色の世界


『明日、松浦海岸で花火大会があるんだけど行かない?』

しばらくして沙羅から唐突にLINEがきた。

聞きたいことは山ほどあったけど、ひとまずグッと堪えて『行く』とだけ返事をした。
すると美容院の地図が貼り付けてあり『4時に待ち合わせね。』と返ってきた。
私はなんで美容院なんだろう? と不思議に思ったけど『了解』とスタンプを返した。

次の日、既に指定の場所に来ていた沙羅は、私の腕を引っ張ってお店の中に連れて行った。
美容師さんの横に立った沙羅が鏡越しの私に言った。

「お客様、本日はどんな髪型になさいますか?お召し物はこちらの浴衣になります。どんな髪型でもお申し付け下さい。」

沙羅は唖然としている私にいたずらっぽくウィンクしてみせた。

そこからはあっという間だった。
髪はゆるふわに巻かれキュートで華やかなアップスタイル。浴衣はラベンダー色のしとやかなアジサイ模様。気品が漂い、流行に敏感な女の子たちも喜びそうな素敵なものだった。

「沙羅は浴衣着ないの?」
「私は背も高いし、浴衣を着たらかなり目立つからね。」

そうだ、沙羅は人気モデルだった。浴衣なんか着たら、半端ないオーラですぐに沙羅だってバレちゃうよね。

私は思い切って切り出した。

「ねぇ…沙羅、私聞きたいことがたくさんあって…」

すると沙羅は、私が話し終わる前に言葉を遮った。

「杏…、言いたい事はわかってるけど今は何も聞かないで。すべてのことが説明できるようになるまで、もう少しだけ私に時間を頂戴。そのかわり今日は2人で楽しもうよ。花火のように弾ける杏の笑顔、私に沢山見せて欲しい。」

沙羅にそう言われ、私は何も聞けなくなった。

電車を乗り継ぎ海岸に着くと辺りは少し暗くなっていた。
私たちは花火が始まるまで屋台をフラフラし、焼きそばやフランクフルトを買った。

砂浜に座ろうとすると、沙羅はサッとハンカチを出して敷いてくれた。
「えらいでしょ。褒めて。」と言わんばかりに私を見つめる沙羅。いつも以上によく喋りはしゃぐ沙羅は、子犬のように愛らしい。私は子犬にエサを与えるように、沙羅の口にフランクフルトを入れてあげた。口の横にケチャップがついてるのに気付いていない。

「じっとして。」

子犬に言い聞かせるように強めに言うと、沙羅はピタっと動きを止めた。口のケチャップを私の小指で拭ってあげると、さっきまでキャンキャン言ってた沙羅が急におとなしくなった。

「どうしたの?」
「いや、杏にこんな事されると思ってなかったから、何だかドキドキしちゃって…。」
「あっ、ごめん。私にはさっきから沙羅が子犬に見えちゃって…。だからワンちゃんにするように、私…。」
「えー!こんなにドキドキしてたのに、子犬扱いされてたってことぉ?」

私たちは笑い転げた。

時計を見るとそろそろ花火が上がる頃。すでに砂浜は人で溢れ返っている。

こんなに沢山人がいるなら、私たち2人のことなんて誰も気にしてないよね。私は微かに触れてる小指をそっと沙羅の小指に重ねた。すると沙羅は小指を絡め、強く、時に優しく私の小指を弄んだ。私はたったそれだけの事なのに胸が高鳴り幸せだった。

ドーーーーン !
ドーーーーン !!

その時、花火が上がった。

「キレイ~。」

私は思わず口にした。
沙羅も何か言ったみたいだけど、大きな音でかき消されよく聞こえなかった。

「何ていったの?」
「花火より杏の方がキレイだよって、そう言ったの。」

顔が触れそうな距離で囁く沙羅。花火で照らされた顔が赤くなってないか、私は気が気じゃなかった。

私達は1時間ほど花火を見て遅くならないうちに帰ることにした。

「楽しかったね。沙羅のおかげでシンデレラになった気分。」
「喜んでもらえてよかった。私も楽しかったよ。」

2人は余韻に浸りながら夜道を歩いていた。

「沙羅、聞いてもいい?」
「何?」
「沙羅は…女の子が好きなの?」
「えっ?考えた事ないけど、杏以外の女の子を好きになった事は無いよ。」
「そうなの?」
「うん。」
「じゃあ、女の子のことかわいいと思ったことある?」
「モデル仲間に可愛い子は沢山いるけど、そんなふうに思った事は1度もないかな。」
「そう。」
「何か不安なの?私は杏のことを異性か同性かとか、他の誰かと比べたりとかそんな事はした事ないよ。好きになった人が同性で、それが他の誰でもなく杏だった、ただそれだけ。これじゃあ、理由にならないかな?」
「ううぅん、私も沙羅が有名人だとかモデルだとかそんなの関係なく、沙羅は沙羅だから…、好きなの。」

この瞬間、無秩序で混沌とした色の世界が少しだけクリアになっていくような、そんな気がした。


愛のかたち


花火大会の翌日からまた沙羅と連絡が取れなくなった。
動画は拡散され続け問題は何一つ解決していなかった。

すると「沙羅のLove Music」がトレンド入りしてる。何?…と思ったら、沙羅が毎週MCを務めるラジオ番組が今夜10時からあるらしい。そこで沙羅の口から何かしらの発言があるんじゃないかと期待してのトレンド入りだった。
私はその番組を聞いてみることにした。

10時になり音楽が流れると番組が始まった。

「皆さんこんばんは。今週も始まりました、沙羅のLove Musicです。今日は聞いて欲しい話があるので、予定を変更してお送りします。今SNSに、私と担任の先生が抱き合っている動画が上がっています。ファンの皆さん、驚かせてしまってごめんなさい。結論から言うと、あの担任の先生は私の姉の婚約者です。私の姉は数ヶ月前に事故に遭い、意識のないまま入院しています。1度意識を取り戻したもののまた眠ってしまった姉が、今度はちゃんと意識を取り戻したと聞かされ、嬉しくて泣いてしまったのがあの動画です。姉の婚約者として親公認の兄妹のような関係です。身内と言っても過言ではなく、やましい事は何一つありません。

……。

そして、ここからは少し別の話になりますが聞いてください。訳あって私たち姉妹は生まれた時からではなく、途中から姉妹として暮らすようになりました。そんな姉には婚約者、そして私たち家族以外に大切な人がいます。姉の生きてきた人生に深く関わりのある人で、血は繋がっていなくても、姉にとっては家族のような存在です。私たちの生い立ちに関わってくる事なので、これ以上詳しくはお話し出来ません。でも、姉はその人がどれほど自分にとって大切な人なのかと言う事を、何度も何度も私に話してくれました。その人の話し方や癖、2人が体験した出来事。その人の話を繰り返し聞かされているうちに、会ったこともないその人を私も良く知ってるような気持ちになりました。姉の思い出が私の思い出になった…、そんな不思議な感覚です。そのうち、姉の大切な人は私の大切な人になりました。その人に初めて会った時、昔からの幼なじみにあったような懐かしささえ覚えました。そして私は自分でも気づかないうちに、その人の存在が自分の中で大きなものになっていることに気が付きました。私がその人に向けるこの気持ちを一体何と呼べばいいんだろう?例えば「愛してる」と一言で言っても、対象や背景によって様々な愛があります。愛してると言う言葉を使うと、対象が異性であれ同性であれ、穿った見方をされ誤解を受けることも沢山あります。それでも私は恐れる事無く大切な人に「愛してる」の言葉を伝えたい。その人への気持ちを表す言葉が、私には他に見つからないからです。

それでは今日の沙羅セレクトです。

ピアノが奏でる美しい旋律が、あなたの心を癒してくれる事を願って

イルマの   river flows in you  です。

お聞き下さい。」

そして沙羅のラジオ放送は終わった。

私は頭の中を整理していた。
まず沙羅にお姉さんがいるという事。
そのお姉さんの婚約者が岡村先生。
そして、沙羅のお姉さんの大切な人と沙羅の大切な人は同じ。
沙羅の大切な人が私だとすると…。

沙羅のお姉さんの大切な人は私?

……。

まさか、それって…?


私は今までの疑問と全ての出来事が繋がった。

葵ちゃん…。

私は色々な感情が渦巻き、抑えきれずに嗚咽していた。


To Be Continued

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