翻訳者が原稿を書くなら
今日は翻訳者のライティングの話をする。有料、無料を問わず「原稿を書く」翻訳者に読んでほしい。
翻訳者は毎日PCに向かい、8時間のあいだ文字を打ち続けている。いつもは翻訳をしているが、たまに無料媒体(JAT「翻訳者の目線」等)や、有料媒体(業界誌等)に寄稿する話が来たりすることもあるだろう。
そんなとき「毎日文字を書いて生計を立てているのだから、書くことには慣れている」と考える。翻訳者が書く原稿はふつう、自分や翻訳のことで、ネタとしてよく知っている内容であるから当然だ。
そうした原稿をこれまで何百本と読んできたけれど、内容はとてもよい。「自分にしか書けない」ネタを書いているのだから面白いし、読む価値も高い。
ただし、そういう原稿の「仕上がり状態」がいまひとつだなぁと思うことは結構多い。もっとここに気をつければいいのに、と残念な気持ちになってしまうのだ。
では、どういうところが「いまひとつ」なのか。どこを改善したらよくなるのか。共通するポイントを以下に挙げておく。
1. 固有名詞を調べていない
翻訳者は調べ物の達人である。翻訳するときは固有名詞はもちろん、どんなに細かい疑問でも、それが自分の知識範囲内にあると思っても、「調べにいく」人が大多数。だが、自分で書く原稿となると、なぜか記憶のみに頼り、調べることなく固有名詞を書く。その結果、固有名詞が間違っている。そういう翻訳者は、かなりの割合で存在する。
2. 読みやすくする工夫をしていない
たとえば漢字熟語が続いていたら、ひらがなを間にいれて読みやすくする。語尾が「~た」ばかりにならないよう変化をつける。翻訳のときは自然にこうしたテクニックを使って「読み手に読んでもらう工夫」をしているはずである。だが、自分で書く原稿となると、これまたその気遣いが飛んでしまう。1と同じだが、「翻訳」のときはしているのに、ライティング(原稿)となると、なぜかスルーされてしまっている要素だ。
3. 「読み手にとっては新情報」であることに気づかない
これまで何回か、いろんなところで書いてきたが、ライティングの基本である「読み手目線で書く」が徹底されていない。
たとえば訳書の話を書くとき、本人は「こういういきさつで最初の訳書の話が来て、次はこうなって、それからこうなって、その後やっと、増刷される(本が回ってくる)ようになった」というのをよ~~~~~くわかっている。
だからそのくだりを自分のことばで書くのが、そのとき、つい「自分にとってはわかりすぎるほどわかっている」内容を略したり、途中を抜かして書いてしまう。その結果、整合性に欠けたり、何が言いたいかよくわからなくなってしまっている。
本来、読者は何も知らないのだから、書き手は経緯を「ていねいに説明」していかねばならない。そこに気をつけて書けば、いきなり内容が飛んだり、突如として新情報が現れたりすることはない。しかし、ここをすっ飛ばして提出してしまう人がこれまた多い。
おそらくこれと関連するが、略語(特に英語の略語)を多用する傾向も高いように思う。たとえばFacebookをFBと書くなど。FBと原稿にあると、SNSの話であればFacebookだとわかるが、ビジネスの話ならFeedbackが最初に浮かぶ。その文脈なしにいきなり略語を使うのは、「読み手目線」が足りていないのではないだろうか。
初出はていねいに略さずスペルアウトするというのも、読み手が知っている情報と自分が知っている情報を脳内で切り分ける作業である。その作業をしてから原稿を書く、あるいは書いた原稿を読み直すとよいと思う。
原稿を書いたあと、上記の3点を見直していただくだけで、仕上がり精度がぐんと上がる。翻訳者の方にはぜひお願いしたい。