【インタビュー#3 1/3】創業者竹井光一氏に茶道を見出す、麺屋たけ井の源流・DNAとは
麺屋たけ井は、2011 年 1 月 19 日に京都府城陽市にて、竹井光一氏によって創業された、 魚介豚骨系つけ麺を看板メニューとする麺屋である。2015年 3月26日には株式会社竹井として法人化され、2023年3月28日に株式会社壱番屋が全株式を取得し、連結子会社化 された。麺屋たけ井、株式会社竹井がここからさらに、どのような発展を望むのか、どこを目指し、何をしていこうと考えるのか。このnoteはそれを伝えるものである。
Text by 藤原麗(株式会社悠愉自適)
「中華料理とんとん」の思い出
少々、筆者の昔話を交えることをお許しいただきたい。私には、保育園、小学校、中学校が同じの幼馴染がおり、彼女のご両親は中華料理店を営んでいた。巨大なベッドタウンとして知られる大阪府枚方市。その中でもかなりの町はずれに思えた県境のエリアに、枚方家具団地があった。その一角に立ち並ぶ飲食店の一軒に、幼馴染の生家である「中華料理とんとん」があった。彼女は私と同じ長女で、下には弟がいた。遊びに行くと時々見かけた、ランドセルを背負っていた彼は、のちに麺屋たけ井の創業社長となる。
「中華料理とんとん」は美味しいと評判なことはもちろん、店内飲食だけでなく、宅配もしてくれて、地域で人気のお店だった。同級生は皆、「中華料理とんとん」のことを知っていたし、何人もの同級生が、家族ぐるみでお店の常連のようだった。遊びに行くといつも、来店客で賑わい、従業員のお兄さんたちが忙しそうに働いていて、「いらっしゃい!」だとか「まいど!」だとかの声が行き交って活気に溢れていた。まだ子どもで、遊びにきただけの私にも、従業員のお兄さんたちは必ずニッコリと笑って「いらっしゃい!」と声をかけ、「2階にいてると思うよ!」と幼馴染の所在を教えてくれた。家族ではない大人が、家族のようにそこにいる光景が、核家族で育った私には不思議だったが、明るく賑わい、気さくであたたかいその空間がとても羨ましく思えた。
麺屋たけ井の源流・DNAは「中華料理とんとん」である
学校でおしゃべりをしていたある日、中華料理とんとんの常連さんだった友人が、幼馴染に「八宝菜のウズラの卵が3つやからな、いつもどちらが2つ食べるかで、弟と取り合いの喧嘩になるねん」と話していた。幼馴染は「お父さんに言うとくわ」と返事をしていた。しばらくしてのち、その友人が「昨日の八宝菜、ウズラの卵が4つやった!」と嬉しそうに話していた。それを聞いた幼馴染は「お父さんがな、まいちゃんたちが喧嘩になったらあかんからって」と笑った。
ほんの些細な、ちょっとした話なのだが、私は30年以上経った今でもこのことを覚えている。感動したというほど大袈裟なことではないが、その心遣いがずっと心に残っているのだ。
麺屋たけ井の創業社長となり、今は会長となった、幼馴染の弟である竹井光一くんが、この度のインタビューの中で、
「美味しいものが作れる人はたくさんいるし、美味しいものは世の中にたくさんある。僕が一番大事にしてきたのは、接客。食べにきてくれたお客様が、美味しく食べられて、気持ちよく帰ってもらえるかどうか、ずっとそれを一番に考えてきました。」
と話したとき、風が吹き抜けるようにあの時の思い出が蘇った。
竹井光一氏が、創業前に有名店で修行をした経験から、麺屋たけ井のDNAとしてそこに紐づけて語られることがあるが、しかし創業のDNA、その源流は、間違いなくあの、お客様ひとりひとりを思いやり、心の通った接客をしていた「中華料理とんとん」にあると断言できる。ひとりひとりと向き合う、おもてなしの姿勢こそが、麺屋たけ井を、関西を代表するつけ麺と言わしめる名店にまで押し上げたと言っても過言ではない。
これは、スープや麺づくりにおいても、同じことが言える。竹井光一氏は、当時、関西ではまだ珍しかったつけ麺に着目し、流行の中心地であった関東に出向く。その足で修行先を決め、学んだ経験があるのは事実だ。しかし、修行先からスープのレシピを提供してもらったわけではなく、自分自身で試行錯誤のすえ、準備期間から考えても、足掛け4年ほどの月日を経て、麺屋たけ井のつけ麺は納得のいく形にたどり着いている。また当初こそ製麺の粉を修行先から仕入れていたものの、次第に、自分のスープに合った麺にこだわりたいと、オリジナルの配合、製法を貫くことになる。そしてその麺づくりを支えたのも、父と姉なのである。
味へのこだわりで貫く自家製
スープづくりは、関東の味付けは醤油味が強く辛めだったことから、関西向けに出汁の旨味と甘みを前面に出ているものをと、日夜研鑽を積んだ。火加減や水の量の違いをすべて細かくメモにとり、どのような違いが生まれるのかを分析し続けた。あまりにも細かく分析ししすぎて、時には、何を正解とするのか自分の目標を見失うこともあったという。実は、この試行錯誤は、1号店をオープンさせてからも続いていた。
麺屋たけ井は、2011年1月19日に第1号店となる、城陽本店からスタートした。営業時間は11:00〜15:00の4時間という短さに関わらず、営業が終わってからスタッフ全員でやるスープの仕込みだけでも、23:00を超えることがしばしばあった。
「それだけ時間をかけても、納得のできない仕上がりだと、翌日の営業は休み、一から何度も作り直していました。営業時間の短さをカバーするため、ほぼ毎日営業していたので、従業員も本当に大変だったと思います。」
理想の味を作り出し、その味を毎日安定して作り出すためにはどうすればいいのか、迷い、悩みながら、スープ作りに向き合った。スープにこだわると当然、麺にもこだわりが出てくる。スープに合わせて、こういう麺が作りたい。その熱意に応えてくれたのが、父と姉だった。
「当時、父は父で、中華料理とんとんを経営していました。でも、僕の麺をつくるため、とんとんを閉めて、製麺所にして、麺作りを担ってくれたんです。その父の麺づくりを支えてくれたのが、姉でした。最終的には、姉が製麺を受け継いで、僕の作るスープに合う麺として、粉の選定や配合までを考案してくれました。」
委託製造や仕入れではなく自家製麺を貫けたのは家族の支えがあったからです、僕がとんとんを閉めさせてしまったけれど、と話して、光一くんは俯いた。熱意は磁石、と言ったのは松下幸之助だった。いかに才能があり知識があっても、熱意のないところには、人は集まらないし動かない。情熱こそが、ものを生み、人を動かし、情勢を変える。息子の、弟の懸命でひたむきな姿に、家族は自然と加勢したくなったのだろう。しかし、そこに詰まったそれぞれの思いに見合った言葉が見つからなくて、私は慰めひとつ言えなかった。彼が大事にしている「接客」、全身全霊で向き合ってきたスープと麺づくり、それを支えてきた家族の存在。今一度断言するが、麺屋たけ井の源流・DNAは「中華料理とんとん」である。
会長になった今も、週3回ほどのペースで、セントラルキッチンに出向いて、味のチェックを行っている。南出社長、月村営業部長と手分けするような形で、各店舗も見回り、オペレーションや、実際に提供している料理の味のチェックをすることもある。具体的な経営には関与しないものの、味の安定、クオリティの保持には積極的に携わっている。
麺屋たけ井に見いだす、茶道の精神性
竹井光一氏は創業当時、味に悩み、決めかねている時には、食べ終わったお客様のもとへ走り、「お口に合いましたか?」と尋ねた。直接顧客にヒアリングをしてニーズを汲み取ることで、顧客の評価や期待感を把握し、要望をしっかり反映させ、改善につなげて顧客満足度を高めていった。
「せっかく来てくださったお客さまの期待に応えたい、その一心でした。そのうちに、常連のお客さまが増え、差し入れをくださったり、アルバイトが異動すると新店にも訪ねてくださったりと、新しい交流が増えました。」
「主客一体」という言葉がある。京都で千利休が確立した、茶道の精神を指す言葉だ。茶席において、主人と客人が一緒になりその場の空間を創り出していく、という意味である。主人が一方的にもてなすのではなく、また、客人もただもてなしを受け入れるのではなく、お互いが共感し、同じ視点で向き合うことが大切とされる。また、茶道では、客との出会いは一度限りのものであると考え、心をこめてもてなすようにと教えられる。その心得を「一期一会」と言う。
この茶道の精神性は、麺屋たけ井の接客にも通じるものがある。
麺屋たけ井を訪れたことがある人ならば解ると思われるが、入店してからの接客も感じが良いのだが、食べ終わって帰るときの、お見送りの丁寧さに驚く。
「お味はどうでしたか?」
「気になるところはありましたか?」
という味へのヒアリングもあれば、
「どちらから来られたんですか?」
という雑談もあり、最後には必ず、「ありがとうございました!」と深く一礼される。まるでホテルか料亭のお見送りのような丁寧さだ。
阪急梅田のようなお見送りが出来ない設計の店舗でない限り、このお見送りは今でも、全店舗で徹底して行われている。リピーターで店員と顔見知りになっていけば、きっと会話も弾むのだろう。
言うまでもなく、飲食店にとってリピーターは、ビジネスの安定と成長を支える重要なファクターであるが、行動の根拠がリピーター獲得のためではなく、創業社長である竹井光一氏が徹底した「美味しく食べられて、気持ちよく帰ってもらいたい」という気持ちからだったことが、リピートの高さを生んだと考えられる。裏付けに、これだけインバウンドが隆盛を誇るなか、麺屋たけ井の来店客の9割が国内顧客だそうだ。
私が30年以上経った今も、竹井光一氏の家業であった「中華料理とんとん」の心遣いを覚えているように、一対大勢ではなく、一対一、ひとつひとつの場面や人との関わりを大切にするという心構えでなされる接客は、心に刻まれ、忘れられない体験となる。そのDNAを受け継ぐ、麺屋たけ井においても、数々の感動体験が生まれてきたに違いない。それはまさに、茶道における「主客一体」と同義であり、一期一会のおもてなしの積み重ねが、麺屋たけ井の味を生み出し、価値となって高い評価を作り上げてきたと言えよう。
(2/3に続く)