2022年共通テスト「世界史B」の問題で想うこと
今回の共通テストで、特に違和感を持ったのが第4問の問3だ。
共通テストの世界史の問題に、多くの人は関心がないかもしれない。しかし、共通テストやこれからの歴史教育が大きな問題を抱えていることを、少しでも多くの人に知ってほしいと思い、第4問のAの問題解説を公開する。
第4問 「歴史評価の多様性」
問1 問題番号23 答えは②
まずは問題文を読んでほしい。とても作り込まれた問題だ。
まるで現代文のようだが、資料の下線部aの直前にある1文をもう一度読んでほしい。「この10年に満たない数年間、(中略)ファシズムに負け続けるという歴史を歩んできた」。資料の冒頭は「7月18日に戦闘が始まった時」から始まる。問題文の冒頭には「オーウェルがスペイン内戦で従軍した体験に基づいた書物の一節」とある。また、問題文の終わりのほうには「オーウェルは、日本の政権をファシズム体制だとみなしていた」と書かれている。
では、問1の設問を読もう。「この出来事」とは「日本あるいは日本軍が関わった出来事」のこと。そして、下線部aに「日本人の望むままの行動が容認されてしまった」とあるので、日本軍の行動が成功した出来事を意味している。スペイン内戦が始まったのは1936年。ということは、「1936年より以前の10年以内の出来事で、日本軍が勝利した出来事」を選べば良い。①ノモンハン事件は、1939年、満洲国の国境付近で日本軍がソ連軍に敗北した戦いなので該当しない。②日本軍は1931年の柳条湖事件を機に満洲を占領し、1932年に満洲国を建国した。日本軍の侵略が成功した事例で、1936年より以前の10年以内の出来事なので、これが答え。③台湾獲得は1895年の下関条約なので時期が該当しない。④真珠湾攻撃は1941年なので時期が該当しない。この問題は、スペイン内戦と満州事変を問う良問だ。
問2 問題番号24 答えは①
まず、ヒトラーが「虐殺」しようとした組織について。ヒトラー政権成立は1933年。第1インターナショナルがいつ解散したかを覚えている受験生はあまりいないはずだ。実際の解き方は、「第2インターナショナルは、第一次世界大戦が勃発すると、各国の社会主義政党が自国の戦争を支持し、反戦を貫けずに崩壊した」「ロシア革命後の1919年に第3インターナショナルが結成された」のどちらかを想起することで、第1インターナショナルは、ヒトラーが権力を握る1930年代には存在していないと判断できる。ヒトラーが弾圧したのは共産党。選択肢は①と②に絞られる。
次に、下線部b「53ほどの国々が戦争の舞台裏で偽善的な言い合いをしている間に、ムッソリーニがアビシニアを爆撃した」について。国際連盟で議論しているうちに、ムッソリーニが「アビシニア」を爆撃した。ムッソリーニが1935年、侵略したのはエチオピア。国際連盟はイタリアの行動を侵略と認めて初の経済制裁を実施したが、石油禁輸が除外されるなど内容が不十分で効果がなかった。イタリアは1936年にエチオピアを併合し、1937年に国際連盟を脱退する。選択肢②にある九か国条約は、中国に関する条約で、1921年から22年にかけて開催されたワシントン会議で結ばれた条約の一つ。エチオピアとは関係ない。したがって、答えは①。この問題も、3つのインターナショナルとイタリアの国際連盟脱退の経緯を問う良問だ。
ちなみに、不戦条約はアメリカのケロッグ国務長官とフランスのブリアン外相が提唱して1928年に締結された条約で、「国際紛争解決の手段として武力に訴えない」ことを約束した。日本国憲法第9条はこの不戦条約の流れを汲む。
問3 問題番号25 答えは①
「異なる見方」の選択肢「あ」「い」を読むと、日本の政権がファシズム体制だったとする見方とファシズム体制ではなかったとする見方に分かれる。いずれにしても「日本の政権」についての話だ。それでは、「それぞれの根拠」の選択肢を見てみよう。日本の政権は「国民社会主義を標榜」していないので「X」を消去する。また、日本の政権は「軍事力による支配権拡大」を行ったので「Z」を消去できる。残った選択肢は「W」と「Y」に絞られる。
「異なる見方」の「い 日本の政権はファシズムとは区別される体制だった」の根拠は、WとYのうちのどちらだろうか。Y「政党の指導者が、独裁者として国家権力を握ることがなかった」が当てはまる。イタリアのファシスト党のムッソリーニ、ドイツのナチ党のヒトラーのような独裁者が日本にはいなかった。天皇制の下での軍部独裁だったから、ということなのだろう。「あ 日本の政権はファシズム体制だった」の根拠は、消去法でW「ソ連を脅威とみなし、共産主義運動に対抗する陣営に加わった」が答えとなる。選択肢「W」はファシズムの定義を反共産主義に限定することで問題の難易度をあげているのだが、ファシズムの重要な要素である個人の自由の否定、過激なナショナリズム、議会制民主主義の破壊には触れられていないことに私は強い違和感を持った。問3の設問自体が、大切な部分で教育上の配慮に欠けているのだ。
この問題は、今年の春から導入される科目「歴史総合」を先取りする、理解力や思考力を問う良問と評価されるのかもしれない。多面的なものの見方ができる生徒を育む問題だと賞賛されるかもしれない。だが、私はそうした考えには全く共感できない。簡潔な説明で知られる『ロングマン現代英英辞典』によると、「ファシズム」の説明は「国民の生命が国家により完全に支配され、政治的な反対が許されない右派の政治制度」。明らかに当時の日本にも当てはまる。
ファシズムの定義に議論があることは私も承知している。山川出版社『世界史小辞典』の「ファシズム」の項目には「1930年代以降の(日本の)軍国主義体制をファシズムとみなすか否かについては見解が分かれている」と記述されている。大学での研究で、ファシズムの定義について議論し、多角的に検討するのはいい。しかし、この共通テストは理系の受験生を含む全国の高校生が、世界史の基礎的学習の成果を確認する場だ。ファシズムの定義を狭めて、「日本は、イタリアやドイツと違ってファシズムではなかった」という、近頃流行りの「日本は悪くなかった」という歴史修正主義に加担しかねない見解を共通テストを通じて高校生に植えつける必要があるだろうか。歴史修正主義が大好きな政治家たちへの忖度なら、こんなに恐ろしいことはない。これは一見、中立に見えて、中立ではないのだ。こんな小賢しい訓練をする暇があったら、満州事変以後の歴史について地道に学習させていくことが、未来ある若者たちにとって、はるかに有意義だと私は考える。
模試の問題を作った経験がある者として、共通テストの問題を作成する苦労は想像を絶する。たしかに設問の大半は、よく練られた良問だ。しかし、残念ながら今年の問題には、これで世界史の能力を測るつもりがあるのだろうかと見識を疑うくだらない問題がいくつか見られた。世界史に限らず他の科目にも言えることだが、資料やグラフを読ませて「読解力・思考力」を問う共通テストの形式にはどうしても無理がある。読解力は国語で、論理的な思考力は数学で、資料やグラフの問題が必要なら二次試験で試せばいい。いま現実的にできる最善の策は、センター試験の形式に戻すことだろう。少なくとも現在の日本の大学入試改革には、ベネッセや下村博文元文科大臣らの汚い利権が見え隠れする。教育は国家百年の大計。一部の私利私欲にまみれた大人たちのために、教育現場に混乱を巻き起こし、この国の未来を犠牲にしてはならない。
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