なぜ抑うつ症状の分布は数理パターンを示すのか


#1 抑うつ症状の分布はDS分布をしめす
以前のnoteでも述べたが、大規模集団において抑うつ症状は共通する数理パターンにしたがう。今回はなぜ抑うつ症状は共通する分布モデル(DS分布)にしたがうのか、説明したい。

tちなみにこれまで一般人口の抑うつ症状の分布の数理モデルに関する報告はなかった。しかし分布モデルの名称がないと話を進めづらい。したがって、抑うつ症状の分布モデルを「DS分布」(Depressive symptom distribution)と呼ぶことにした。

まずDS分布についておさらいする。2000年に厚生労働省によって行われた「保健福祉動向調査」を例にとって、DS分布とはどのような数理パターンを示すかを示す。

保健福祉動向調査ではCES-Dという抑うつ評価尺度が使用された。CES-Dは抑うつ症状16項目とポジティブ感情4項目の総計20項目の症状で構成される。被験者は、過去1週間に症状がどの程度をあったかを、「ほとんどない」「少しある(1-2日)」「かなりある(3-4日)」「いつもある(5日-7日)」の4つ答えから選択する。

保健福祉動向調査のCES-Dの抑うつ症状16項目の結果を図1に示す。図1は世の中の人がどの程度の抑うつ症状を持っているかを示している。

図1 日本人の抑うつ症状の分布(保健福祉動向調査より)

#2 パターンを見いだすには折れ線グラフが必要
おそらく図1を見ただけで、そこに存在する数理パターンに気づく人は少ないと思う。しかし図1には確かに数理的な規則が存在する。そしてそれに気づくには、「折れ線グラフ」が必要となる。

図2は図1の棒グラフを折れ線グラフにしてすべて重ね合わせたものである。

図2 CES-Dの抑うつ症状16項目の分布 Tomitaka et al.2015 BMJ open

図2の16本の線グラフを見ると、そこになんらかの共通するパターンが存在することに気づくのではないかと思う。

図2のグラフに共通するパターンの特徴を述べる。まず「ほとんどない」と「少しある」の区間において、すべてのグラフがほぼ同じ交点(矢印)で交差している。一方「少しある」から「いつもある」までの区間においては、いずれのグラフも低下している。この低下の仕方にはなんとなく規則性があるように思える。実は「少しある」から「いつもある」の区間では、すべてのグラフがほぼ同じ比率で変化している。

「かなりある」から「少しある」への減少率を計算すると、16項目の平均が0.32、標準偏差が0.06となった。また「かなりある」から「いつもある」への減少率も、平均が0.45、標準偏差は0.09となった。つまり「少しある」は「かなりある」の約三分の一に減少し、「いつもある」は「かなりある」の約四分の一に減少するということである。

#3 抑うつ症状の分布モデル
明らかになった抑うつ症状の分布の数学的特徴から、その数理モデルを作成してみる。このモデルの特徴は、すべての抑うつ症状において「少しある」から「かなりある」への減少率と「少しある」から「いつもある」への減少率が等しいということである。

図3Aに示すように、「少しある」の確率をP1とし、「少しある」から「かなりある」への減少率をr1, 「かなりある」から「いつもある」への減少率をr2とした場合、「かなりある」と「いつもある」の確率は、それぞれP1×r1、P1×r1×r2となる。また、すべての選択肢の確率は100%なので、「ほとんどない」の頻度確率は1-(P1+P1r1+P1r1r2)となる。

図3Bは二つの抑うつ症状の分布のモデルである。「少しある」の確率をそれぞれP1とP2と仮定したものである。図2と図3Bのグラフを比べると、実際の分布(図2)が抑うつ症状の分布の数理モデル(図3B)と非常に似ていることがわかる。

図3 抑うつ症状の分布の数理モデル(Tomitaka. Heliyon 2020)

ちなみに図3のモデルを使って、「ほとんどない」と「少しある」の間の交点の座標を計算すると、(x, y) = {(r1r2 + r1 + 1)/(r1r2 + r1 + 2), 1/(r1r2 + r1 + 2)}となった。この交点はr1とr2だけで構成されているので、Pの値に左右されない。よってこのモデルを想定すると、抑うつ症状のすべての線グラフが「ほとんどない」と「少しある」の間の一点(前述した座標)で交わることが証明できた。

#4 DS分布が出現する仕組み
抑うつ症状がDS分布を示す仕組みについて考えてみたい。なおこの説明は、ある程度数学的に行わざるを得ない。したがって数学的な仕組みに興味がない方は読み飛ばしていただいて構わない。そのかわり結論だけは知ってほしい。その結論とは、抑うつ症状がDS分布を示すのは、抑うつスコアが指数分布に従うからである。

これまで様々なデータを調べたが、抑うつ尺度の総スコアが指数分布に従うと抑うつ症状は必ずDS分布を呈した。また抑うつ症状がDS分布をしめすと、総スコアは必ず指数分布に従った。とそういったことを考えると、総スコアが指数分布に従うことは、DS分布が成立するための必要条件である可能性が高い。

そこで抑うつ尺度の総スコアの分布に焦点を当てながら、DS分布が出現する仕組みついて考えてみたい。特に「面積」の視点からDS分布について考えてみたい。確率の問題は、面積の問題として考えると理解しやすいからである(佐々田)。 具体的には総スコアの分布の面積が抑うつ尺度の選択肢によってどう分割されるかに注目する。

まず保健福祉動向調査のCES-Dデータの場合、総スコアの分布が、4つの選択肢「なし」「少しある」「かなりある」「いつもある」によってどう分割されるか示す。

図4 CES-Dの総スコアのグラフが4つの選択肢「なし」「少しある」「かなりある」「いつもある」によってどう分割されるかを示した。Aは通常のグラフ、Bは方対数グラフ、Cは簡略図。

 図4Aは「1.何をするのも煩わしい」という症状の場合、総スコアの分布が4つの選択肢によって、どう分割されるかを示している。選択肢の境界を示す「青」「赤」「緑」の3つのグラフは、いずれも右肩下がりのグラフであるなお「かなりある」と「いつもある」の境界を示すグラフ(緑)は総スコアのグラフ(黄)に重なっているため、ほとんど区別できない。

境界によって分割されたそれぞれの面積の割合はそれぞれの選択肢の確率を示す。たとえば青と赤に挟まれた部分の面積の割合は、「少しある」の確率に相当する。つまり、抑うつ症状の分布は、3つの境界で区切られた4つの領域の面積の割合となる。

ではそれら4つの領域の面積がなぜDS分布を示すのかについて説明する。
図4Bは、図4Aを対数グラフに入力したものである。対数グラフでは、境界を示す赤、緑、黄、の3つのグラフは、いずれも右肩下がりの直線に近いグラフを示す。つまり境界を示す3つのグラフは指数関数に近似するということである。なお、なぜ選択肢の境界を示すグラフが指数関数に近似するかについては後で説明する。ここでは選択肢の境界を示すグラフを対数グラフに入力すると図4Bのような形になると理解してほしい。

図4Cは図4Bのグラフを図式化したものである。総スコアのグラフと選択肢の境界を示す3つのグラフによって、x軸を底辺とした三角形が4つ並ぶ形が形成される。それぞれの三角形の面積は底辺×高さ÷2より計算できるが、この4つの三角形の高さは皆同じなので、4つの三角形の面積の関係は、それぞれの底辺の長さ、a, b, c, dの関係で決まることになる。

前述したように、抑うつ症状の分布は図4Aの3つのグラフで区切られた4つの領域の面積に相当する。そして図4Aの4つの部分の面積の比率は、図4Cの4つの三角形の面積の比率に相当する。4つの三角形は高さを共有しているので、縦軸を対数変換しても面積の比率は変わらないからだ。そうなると4つの選択肢の面積の比率、つまり項目スコアの確率の比率は、対数グラフにおける選択肢の幅、a, b, c, dの比率に相当することになる。

以上より、すべての抑うつ症状において選択肢の幅、b, c, dの比率がほぼ等しければ、DS分布が出現することになる。つまりb, c, dの比率がすべての抑うつ症状でほぼ等しいため、抑うつ症状はDS分布を示すということである。なお、なぜb, c, dの比率が等しくなるかについては、程度をあらわす3つの選択肢の中から自分にあっと選択肢を選ぶとそうなるとしか言えない。これは認知心理学の視点から見るとこれは興味深い事実であるが。

図4を見ると、総スコアが指数分布に従うことが、DS分布が出現するための必要条件であることを理解できる。なぜなら総スコアの分布が指数分布に従わないと、三角形が4つ並ぶ形図4Cが生まれないからである。もし仮に総スコアの分布が正規分布だったら、そもそも三角形が4つ並ぶ形が生まれない。 

説明を先送りにしたが、なぜ選択肢の境界を示すグラフが指数関数に近似するのかについては、数学的に説明できる。図4Aの3つの選択肢の境界を示すグラフは数学的に表現できるからである。仮に抑うつのレベルの分布を指数関数とし、抑うつのレベルと抑うつ症状の発現の関係をロジスティック関数と仮定すると、選択肢の境界を示すグラフはそのかけ算となる。そして境界を示すグラフの関数を数学的に展開すると、指数分布に近似する。

なお、この部分の詳しい説明は数式を使わざるを得ないので本書では割愛する。数式に興味のある方は論文の方を読んでいただきたい(Tomitaka S. et al. PeerJ 2016)

抑うつ症状がDS分布を示す数学的な仕組みを説明した。すべての抑うつ症状がDS分布に従うということは、抑うつのレベルに応じて抑うつ症状の発現率が決まるということである。しかし抑うつレベルが実体として何に相当するかは、現在でもわかっていない。

解剖学的には、抑うつは主に系統学的に古い大脳、つまり大脳辺縁系により調整されると言われている。大脳辺縁系は、感情や本能や自律神経を司る脳として知られている。

抑うつ気分、不眠、食欲不振はそれぞれ異なる症状である。しかしいずれも大脳辺縁系という共通のシステムにより調整されている。すべての抑うつ症状の分布がDS分布を示すのも、抑うつ症状が大脳辺縁系という共通のシステムにより調整されていることによるのかもしれない。

文献
1)厚生労働省大臣官房統計情報部編 平成12年保健福祉動向調査 2002厚生統計協会
2)Tomitaka S. et al. A distribution model of the responses to each depressive symptom item in a general population: a cross-sectional study. BMJ open 2015 5: e008599.
3) Tomitaka S. Patterns of item score and total score distributions on depression rating scales in the general population: evidence and mechanisms. Heliyon. 2020 6: e05862.
4)佐々田槙子、確率は面積である
5) Tomitaka S. et al. Boundary curves of individual items in the distribution of total depressive symptom scores approximate an exponential pattern in a general population. PeerJ 2016 4: e2566.

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