
老いに向きあうということ
「あれ…?白髪…!!」
先日旦那に見つけられてしまった私の白髪。
悲しいかな、そんなに年を取ったとは思っていなかったのに、私は老いてきているらしい。
老いというものは、果たしていつから始まるのだろう。
生まれてから身長も体重も精神も成長の一途をたどり、できることがどんどん増えていく。そんな浮足立った日々から、急にどんどんできないことが増えていく、崩れていくステージになるなんて、あんまりだよなぁ。
だから、「アンチエイジング」とか言って、老いをなんとかしようとする市場が盛況なのも頷ける。
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老いが来る前は、無敵だと思っていた。
いつまでも永遠に若いと思っていたし、無理しても少し休めば回復する。
好きなことをいつまでもやっていられるくらい、時間もたっぷりある。
それが、今はどうか。
白髪は見つかってしまうし、無理をしたら1週間くらいは響く。
友人の闘病を知り「時間って無限ではないんだ」と気づく。
考えることも、集中することも長時間は無理で、脳みその体力低下も感じられる。
できないことがどんどん増えていく感覚は、ちょっと残酷で、悲しい。
時間の有限さを認識することも、今までよりは死を身近に感じるようで、恐怖といえば恐怖だ。
でも、私は老いに向き合っていきたい。
それは、端的にいえば 「老いが悪いもの」とは思わないからだ。
確かに、体力が無くなって無理できなくなるかもしれない。
でもこれは、自分の身体をいたわるきっかけになるのではなかろうか。
人生100年、無理続きで生きていけるほど、私の身体はタフではない。それを教えてくれているのだ。
時間の有限さを知ることも大事だ。意識しなくとも、「人生は日々生命ゲージが減っていっていく」のだが、若いころはそんなこと1ミリたりとも理解ができなかった。老いてきて身近な友人の病気などを聞き、初めてその事実が認識できる。認識することで、以前よりは1日を無駄にせず有意義に過ごすことができていると思う。
白髪や皺などが出てくることも、美人とそうではない普通の人の境目をちょっぴり曖昧にしてくれるようで、いいじゃないか。(これは、私がそうではない普通の人側だから感じることかもしれないけれど…笑)
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悲観せずに、楽しんで、歳を重ねていきたい。
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