ジャーナリング~自己犠牲について~
昨日、仕事で残業してて自己犠牲的な働き方してるなと思った。
「自己犠牲」って言葉が頭の樽の栓みたいに思えて、この栓を抜いてみたら色々な考えや気持ちが出てきそうだなと感じたので、ジャーナリングしてみた。
~~ジャーナリング~~
自己犠牲、自分の身を削っている感じ、無理している感じだよな。
どうして自己犠牲的になってしまうのか、罪悪感がある
身を削っているような感じを出すほうが認められる感じがある。
評価してもらえる感じがある。
程度はあれ、仕事は自己犠牲的な部分ある。
人一倍自己犠牲の意識強いように思う。
これまでの生き方から、自己犠牲中心で生きてきたっていっても過言ではないかもしれない
自己犠牲、自分自身も満足感感じている部分あるかもしれない。
こんな自分だから自己犠牲しないといけないんだって
自己評価が低いから捨て身な生き方じゃないと周りと対等になれないんだって気持ち
なんかそれは違うって思っている
自己犠牲、
仕事辞めたいなって思うところはその部分が大きい、
自己犠牲的に働かざるを得ない今の職場、それはそうだよな、本当に自分がやりたいことじゃないんだから自己犠牲にならざるを得ない。
身を削ったやり方に慣れている、そうしないと成果が出ないと思っている
実際仕事忙しくて、やること山ほどあるから自己犠牲的に働かないと捌ききれない
能力の部分もあるんだろうけど、終わることのないタスクがあるような感じだから、やってもやってもタスクは無限にある感じ、最低限のラインがわかりづらい
セルフパワハラ、そういった部分になってくる
罪悪感にかられて動いてしまう。
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10分書き出してみた。
出てきたポイントとしては、罪悪感とか、自己肯定感の低さ。
身を削ることが良いことで、そうした方が周りに認めてもらえるっていう思い込みがある。
罪悪感や自己肯定感の低さからそういった自己犠牲的な行動に逃げているところがある。
自己犠牲的な部分から抜け出せないところには、自分らしく生きることの責任を負うことへの恐れもあるのかも。
自己犠牲=心に反した行動。
自己犠牲しすぎているな、心に反していることしているなって気づくことでそうした行動を減らしていくようにしたいと思う。
生きていく上で自己犠牲を完全に0にはできないものだと思うから、なくそうなくそうって思い過ぎないようにしたい。
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