奥田英朗『イン・ザ・プール』の読書感想文
奥田英朗の『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』『町長選挙』を読んだ。精神科医の伊良部一郎シリーズである。2002年から2006年にかけて、文藝春秋より単行本が出版されている。わたしが読んだのは文庫本だ。理由はわからないのだが、解説はなかった。
今回読むのは三度目だが、相変わらず、面白かった。市井に暮らす人々がちょっとしたことでバランスを崩し、精神科医の伊良部のもとを訪れるというところから、物語は始まる。巨漢の伊良部は変わり者だ。作品の基調は、明るいコメディだが、いつのまにやら治療が進んでいく。伊良部が計画的にというよりは、患者が他者に助けを求め、自発的に動いただけで、治療は結構進む、ということなのではないだろうか。
三人称の各主人公の視点で進むため、連作短編集である。レギュラーで登場するのは、医者の伊良部と看護師のマユミちゃんの二人で、毎回主人公は違う。ゆえにこのフォーマットを使えば、いくらでも作品が書けるのではないかと思ってしまった。主人公である患者側が、伊良部にツッコミを入れる場面が毎回面白い。
『イン・ザ・プール』の「フレンズ」で描かれる携帯電話メールの依存症の男子高校生の話は懐かしかった。メールを送るたびにお金がかかったり、機種変更の話などは「そういえばそんなこともあったな」と思い出した。J-POPの新譜CDを誰よりも早く買ってダビングする、といった今はやらないことも描かれている。当時は、CDがめちゃくちゃ売れる時代だった。
しかし、スマホ依存症に関しては、2000年代と比べものにならないほど、2020年代のほうが増えている。ガラケーより、スマホの画面をスクロールするという行為は、ずっと楽しいのだ。理由はわからない。しかし、中毒状態の人々は、当時より確実に多い。この短編小説の男子高校生は、本当の友達がいないこと、自分の孤独に最後に気が付く。描かれている風俗は古びてしまったが、現象は普遍的なことが描かれている、と思えた。
三作目の『町長選挙』のときはネタ切れ状態だったのか、三作品は有名人が元ネタのようである。「オーナー」のモデルはナベツネ、「アンポンマン」はホリエモン、「カリスマ稼業」は黒木瞳だと思われる。表題作の『町長選挙』は、離島の因習が描かれているが、おどろおどろしくはない。
とにかく、ウェルメイドな作品で、どこから読んでも面白い。おすすめしたい。これもNetflixでお金をかけて、全15回の連続ドラマを作ってほしい。