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【勝手に現代語訳】三遊亭円朝作『怪談牡丹灯籠』第5話(全22話)

 話は替わります。飯島平左衞門は凛々しく、智慧に優れ、諸芸にたしなみ、とりわけ剣術は真影流の極意を極めた名人です。年齢は四十ぐらい、人並みに勝れたお方なれども、妾の國というのが道理に外れた奴でありました。
 お國はこっそりと隣家の次男である源次郎を連れ込み、逢瀬を楽しんでおりました。人目を憚り、庭口の開き戸を開けたままにしておき、源次郎を忍ばせる趣向で、殿様のお泊り番のときには、ここから忍び込んできます。奥向きの切り盛りは万事、妾のお國がすることゆえ、誰もこの様子を知る者はありません。今日、七月二十一日殿様はお泊り番ゆえ、源次郎を忍ばせようという下心で、庭下駄をかの開き戸のそばに並べて置きました。

「今日は暑くて堪らないから、風を入れないでは寝られない。雨戸を少し開けて置いておくれよ」

お國はそのように言いつけておきました。さて、源次郎は家族が寝静まるまで様子を窺い、そっと裸足で庭石を伝わり、雨戸の明いたところから這い上がり、お國の寝床に忍び寄ります。

「源次郎様、たいそう遅いじゃありませんか。わたくしはどうしたのかと思いましたよ。あんまりですねえ」

「わたくしも早く来たいのだけれども、兄上も姉様もお母様も、お休みにならず、奉公人までが、みな暑い暑いと渋団扇を持って、扇ぎ立てて涼んでいて、仕方がないから、今まで我慢して、ようやくの思いで忍んで来たのですよ。人に知れやしないかねえ」

「大丈夫、知れっこありませんよ。殿様があなたを御贔屓にされているから、知られるはずがありません。あなたの御勘当が許されてから、このうちへたびたびお出でになれるようにいたしましたのも、みなわたくしがそばで殿様へうまくとりなし、あなたをよく思わせたのですよ。殿様はなかなか賢いお方ですから、あなたとわたくしとの仲が少しでも変な様子があれば気取られることもあるかもしれませんが、ちっともばれていませんよ」

「実に、伯父様は尋常ならざる賢い人ですから、わたくしは本当に怖いよ。わたくしも放蕩を働き、大塚の親類へ預けられていたのを、こちらの伯父様のおかげで、うちに帰れるようになった。その恩人の寵愛を受けているお前とこうしているのが知れては、大変なことになる。ただではすまないよ」

「そんなことを仰って。あなたは本当に情がありませんよ。わたくしはあなたのためなら、死んでも構いませんよ。わたしのそばへ来ない算段ばかりしているのは、源様、こちらのうちでも、このあいだ、お嬢様がお亡くなりになって、今はほかに御家督がありませんから、是非とも御夫婦養子をせねばなりません。それについては、お隣の源次郎様をと内々にお殿様にお勧め申しましたら、『源次郎はまだ若くて了簡が定まらんから、いかん』と仰っていましたよ」

「そうだろうな。恩人の妾のところに忍び込むようなわけだから、どうせ了簡が定まりゃしないや」

「わたくしは殿様のそばに、いつまでもついていて、殿様が長生きをなさって、あなたがほかの家の養子にでもなれば、お目にかかることはできません。その上、きれいな奥様でもお持ちになるものなら、國のくの字も仰る気遣いはありませんよ。本当に信実がおありなら、わたくしの願いを叶えてください。うちの殿様を殺してくださいましな」

「情があるからできないよ。わたくしにとっては、恩人の伯父さんだもの。どうして、そんなことができるものかね」

「こうなっている以上、もう恩も義理もありはしませんやね」

「それでも伯父さんは牛込名代の真影流の達人だから、手前如きものが二十人ぐらい掛かっても、敵うわけがないよ。その上、わたくしは剣術がすごく下手だもの」

「そりゃ、あなたの剣術は大下手でしたね」

「そんなにオーヘタと力を入れて言うには及ばない。それだから、どうもいけないよ」

「あなた、剣術はお下手だけれど、よく殿様と一緒に釣りに行かれるでしょう。来月四日は確か中川へ釣りに行くお約束がありましょう。そのとき、殿様を船から川の中へ突き落して殺してしまいなさいよ」

「なるほど、伯父さんは水泳を御存じないが、やはり船頭がいるから無理だよ」

「船頭を斬っておしまい。なんぼ、あなたの剣術が下手でも、船頭ぐらいは斬れましょう」

「それは斬れますとも」

「殿様が落ちたというので、あなたは立腹する。早く探させてはいけませんよ。いろいろ理屈を長々と二時ばかりも言って、それから船頭に探させ、死骸を船に揚げてから、不届きな奴だと言って、船頭を斬ってしまいなさい。それから帰り路、船宿に寄って、船頭が粗相をして、殿様を川へ落とし、殿様は死去された。手前は言い訳のしようがないから、船頭をその場で手打ちにいたした。船頭ばかりではすまんぞ。亭主その方も斬るところだが、内密にすませてやるから、このことは決して口外するな、と仰しゃれば、船宿の亭主も自分の命に関わることですから、口外する心配はありません。それから、あなたはお邸へお帰りになって、知らん顔でいて、お兄様に隣家では家督がないから早く養子にやってくれと仰れば、あなたは別に御親類もないから、お頭に話をして、あなたを養子にするお届けをするまでは、殿様は御病気の届けをしておいて、あなたの家督相続が済みましてから、殿様の死去の届けをいたせば、あなたはこちらの御養子様。そうすると、わたくしは、いつまでもあなたのそばをへばりついて動きません。こちらのうちはあなたのお家より、よっぽど財産もありますし、召物でもお腰の物でも結構なのがたくさんありますよ」

「これはうまい趣向だ。考えたね」

「三日三晩、寝ずに考えましたよ」

「これは至極よろしい。どうもよろしい」

源次郎は欲張りと助平が合わさり、乗り気になっております。

 ところが、両人がひそひそ語り合っているのを忠義無類の孝助という草履取りが聞いてしまったのです。孝助は御門の紙製の蚊帳を吊って寝てみたが、どうにも暑くて寝つけませんでした。柿渋を表面に引いた赤黒い渋団扇を仰ぎながら、孝助はぶつぶつ言いながら庭を歩いていました。

「どうも、今年は暑いったらありゃしない」

すると、板塀の三尺の開きがバタリバタリと風にあおられているのを見て、気がつきました。

「あれ? 戸締りをしておいたのに、どうして開いたのだろう。おや、庭下駄が並べてあるぞ。誰か来たな。隣の次男がお國さんといるのかもしれない。前から様子がおかしかった。ことによったら密通しているのかもしれん」

抜き足にして、そっとこちらへ参り、沓脱石へ手を支えて座敷の様子を窺うと、自分が命を捨てても奉公しようと思っている殿様を殺すという相談をしているではありませんか。孝助は激怒しました。歳はまだ二十一でございますが、負けない気性だから、怒りのあまり思わず知らずガッと鼻を鳴らしました。

「お國さん、誰か来たようだよ」

「あなたは本当に臆病でいらっしゃる。誰も参りはいたしません」

お國が聞き耳を立てれば、人のいる様子です。

「誰だい! そこにいるのは?」

「へい、孝助でございます」

「本当に、まあ呆れますよ。真夜中に奥向きの庭口へ入り込んで、ただですみますかねえ」

「暑くて暑くてしようがございませんから、凉みに参りました」

「今晩、殿様はお泊り番だよ」

「毎月二十一日のお泊り番は知っています」

「殿様のお泊り番を知りながら、なぜ門番をしない? 御門番は御門さえ、堅く守っていればいいのに、暑いからといって、女しかいない庭先へ来てすみますか」

「御門番だからといって、門ばかりを守ってはおりません。庭も奥も守ります。方々を守るのが役目でございます。御門番だからと申して奥へ泥棒が入り、殿様とチャンチャン斬り合っているのに、門ばかりは見てはいられません」

「新参者のくせに、殿様のお気に入りだものだから、ここ最近は増長して、たいそう調子がいいよ。奥向こうを守るのは私の役だ。部屋へ帰って寝ておしまい」

「そうですか。あなたが奥向こうのお守りをして、このように三尺戸を開けておいて、よろしゅうございますか。庭口の戸が開いていると犬が入ってきます。なんでも犬畜生の恩も義理も知らん奴が、殿様の大切にして入らっしゃるものをむしゃむしゃ食っています。わたくしは夜通しここに、見張り番をしています。ここに下駄が脱いでありますから、人間が入ったに違いはありません」

「そうさ、さっき、お隣の源様がいらっしゃったのさ」

「へえ、源様が、なんの御用でいらっしゃったんですか」

「何の御用でもいいじゃないか。草履取りの身の上で、お前は御門さえ守っていればよいのだよ」

「毎月二十一日の殿様がお泊り番であることは、お隣の御次男様もよく御存じでいらっしゃいますに、殿様のお留守のところへおいでになって、御用が足りるとは、こりゃ変でございますな」

「何が変だ? 殿様に御用があるのではない」

「殿様に御用ではなく、あなたに内証の御用でしょう」

「おやおや、お前はそんなことを言って私を疑ぐるのかい」

「何も疑ぐりはしませんのに、疑ぐると思うほうがよっぽどおかしい。真夜中に、女だけのところへ男が入り込むのはどう考えてもおかしい、と思ってもよかろうと思います」

「お前は、まあ、とんでもないことを言って。お隣の源様にすまないよ。あんまりじゃないか。お前だって私の心を知っているじゃないか」
両人の争っているのを聞いていた源次郎は、人の妾でも奪い取ろうというぐらいの奴ですから、なかなか抜け目はありません。そして、その頃は若殿と草履取りでは世間的な地位に雲泥の差があります。源次郎は、孝助の前にすっと出て行きました。

「これこれ、孝助、何を申す。こちらへ出ろ」

「へい、何か御用で」

「手前、今の話を聞いていれば、お國殿と俺と何か事情でもありそうに言うが、俺も養子にゆく出世前の大切な身体だ。もっとも、一旦放蕩をして、勘当され、大塚の親類共へ預けられた。そう思われるのも無理もないが、そのような言いがかりは捨て置けないぞ」

「大切な身の上だとわかっているなら、なぜ真夜中に女一人のところにおいでになったのですか。あなた様が御自分に傷をお付けになさるようなものでございます。あなただって『男女七歳にして席を同じにせず』『瓜田に履を納れず』『李下に冠を正さず』ぐらいのことは、わきまえているはずでしょう」

「黙れ。そのような無礼なことを申して。もし、用があったらどうする? いやさ、御主人がお留守でも用の足りる事情があったら、どうするつもりだ」

「殿様がお留守で、御用の足りるはずがありません。もし、あるのでしたら、御存分になさいまし」

「しからば、これを見ろ」

源次郎が紙片の書面を投げ出しました。孝助は手に取り上げて読み下します。

一筆、申し入れたいことがあります。
先日、御約束した中川漁船行の儀は来月四日といたしたく思います。
つきましては、釣り道具の大半が破損しており、夜分にてもお暇なときにでも、おいでになって、釣り道具を修繕していただけないでしょうか。

飯島平左衞門
源次郎殿

孝助が手紙をよくよく見れば、まったく主人の筆跡です。これはなんだろう、と思います。

「どうだ? 手前は無筆ではあるまい。夜分にてもよいから来て釣り道具を直してくれ、と頼みの手紙だ。今夜は暑くて寝られないから、釣り道具を直しに参った。然るに手前から疑念をかけられ、悪名をつけられ、甚だ迷惑だ。貴様はどうするつもりだ」

「そのような無理を仰しゃっては誠に困ります。この書付けさえなければ、喧嘩はわたくしが勝ちだけれども、この書付けが出たからわたくしの方が負けになったのです。どっちが悪いか、とくとあなたの胸に聞いて御覧なさい。私は御当家様の家来でございます。無闇に斬っては、すみますまい」

「うぬのような汚れたやっこを斬るか。ぶち殺してしまうわ。何か棒はありませんか」

「ここにあります」

お國が重籐の弓の折れを取り出し、源次郎に渡します。

「あなたさま、そんな御無理なことをして、わたくしのようなひ弱な身体に傷ができたら、御奉公が勤まりません」

「えい、手前、疑ぐるならば表向きに言えよ。何を証拠にそのようなことを申す。そのくらいならなぜお國殿と枕を並べているところへ踏み込まん。拙者は御主人から頼まれたから参ったのだ。憎い奴め」

源次郎はそう言いながら、孝助を殴ります。

「痛い、痛い。あなた、そんなことを仰っても、とくと胸に聞いて御覧なさい。ひ弱な草履取りをぶつなんて」

「黙れ」

源次郎は言いながら、十二、三も続けて、打ちのめしました。孝助は叫びながら、ころころと転げ落ち、さも恨めし気に源次郎の顔を睨みます。

そして、トーンと孝助の月代(さかやき)の際、額から頭の中央のあたりを打ち割ったので、黒い血がたらたらと流れていきます。

「ぶち殺してもいい奴だが、命だけは助けてやる。今後、そのようなことを言うと許さんぞ。お國殿、わたくしはもう御当家へは参りません」

「あら、いらっしゃらないと、なお、疑ぐられますよ」

お國が言うのも聞き入れず、源次郎は裸足で根府川石(ねぶかわいし)の飛び石を伝って帰りました。

「お前が悪いから、ぶたれのだよ。お隣の次男様にとんでもないことを言って、ただではすまないよ。お前、ここにいられちゃ迷惑だから出て行っておくれ」

お國は、痛みに苦しむ孝助の腰をトンと突き飛ばしました。孝助は庭へ突き落され、根府川石にまた痛く膝を打ち、あっと言って倒れると、お國は雨戸をピッシャリと締めて奥へ入ってしまいました。残された孝助は、悔しさに声を震わせて言います。

「畜生め、畜生め、犬畜生め。自分達の悪いことを棚に上げて、わたくしを酷い目にあわせる。殿様がお帰りになれば申上げてしまおうか。いやいや、もし、このことを表向きに殿様に申上げれば、きっとあの両人とともに問いただしても、向こうには証拠の手紙がある。こっちは聞いただけのことだから、どう言って証拠になるまい。ことに向こうは次男で勢いがある。こちらは悲しいかな。草履取りの軽い身分だから、わたくしはお暇になるに相違ない。でも、わたくしがいなければ殿様は殺されるに違いない。これはいっそのこと、源次郎とお國の両人を槍で突き殺して、自分は腹を切ってしまおう」

 忠義無二の孝助は一人で覚悟を定めました。

 さて、このあとはどうなるのでしょうか。


◆場面

飯島平左衞門の邸、牛込(現在の東京都新宿区)

◆登場人物

・お國…飯島平左衞門の妾
・源次郎…隣の家の次男。お國の密通の相手
・孝助…飯島家の草履取り

◆感想と解説

飯島平左衞門の妾、といっても、後妻のような待遇を受けているお國が、隣の家の源次郎と浮気をしているところを孝助が見つけてしまいます。それだけでなく、孝助は、二人が飯島平左衞門を殺す計画まで盗み聞ぎしてしまい、それがバレて源次郎から殴られます。

お國と源次郎にとって、孝助はここではっきりと邪魔な存在となり、飯島に忠誠を誓う孝助にしても、二人による裏切りと仕打ちは許せず、復讐を誓うのです。

この飯島と孝助の忠義を誓った信頼関係、お國と源次郎の野心が圓朝のオリジナルでもあります。

第6話へと続きます!

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