#読書感想文 エプスタインとワインスタインにまつわる二冊
エプスタインとワインスタインなんて、コンビ名のように書いているが、チップとデールのような愛らしさはない。二人とも金持ちの性犯罪者である。
#Me too運動と連動している二冊の本を読んだ。実は、わたしはエプスタインとワインスタインを混同していた。二冊とも、読んでいるときは面白かったのだが、いざ読書感想文を書くとなると、筆が重く、遅々として進まない。やはり、あらゆる性犯罪は、おぞましく、こちらの気持ちもナーバスになってしまうのだろう。
(性被害の話なので、トラウマのある方は読むのを控えていただくことをおすすめする)
【1】ジュリー・K ブラウン(2022)『ジェフリー・エプスタイン 億万長者の顔をした怪物』
一冊目はジュリー・K ブラウン、依田光江さん翻訳の『ジェフリー・エプスタイン 億万長者の顔をした怪物』である。
投資家で富豪であるエプスタインは、貧しくて、あまり家庭環境などがよくない白人の女の子たちに「いいアルバイトがあるよ」と豪邸に招き入れ、マッサージをさせ、性的虐待を行っていた。新しい女の子を探すのは被害者の女の子で、ある種のねずみ講のようなシステムを作り上げ、女の子はエプスタインのもとに供給され続けていたのである。女の子たちは被害者であると同時にエプスタインの共犯者でもあるケースもあったため、みなが口を閉ざしていた。報酬として、彼女たちに渡されるのは200~300ドル程度である。罪悪感を抱かせ、それを利用する、という巧妙な手口である。
そして、女の子というのは比喩ではない。彼は、家庭や学校に居場所のない、誰にも守ってもらえない中高生のティーンを狙っていたのである。最年少の被害者は14歳。しかも、白人限定で、彼はアジア人や黒人の女の子を連れていくと激怒したそうだ。また、女衒のような役割を果たしていたマクスウェルという女性の存在も、とても気味が悪い。
エプスタインは獄中自殺をしたと言われているが、遺体の検死結果では絞殺に似た骨折が見られたという(p.461)。政界や財界のセレブリティとの付き合いのあったエプスタインが何者かによって殺されたのだとしても、何もおかしくない。
それにビル・ゲイツの離婚の原因の一つは、エプスタインと付き合い続けた夫に対する不信感と嫌悪感であったとも言われている。
搾取することに長けた人間は、弱い人間に狙いを定めるのがうまい。経済的に恵まれており、自尊心があり、親子関係、友人関係がうまくいっている子は、このような事件には巻き込まれない。やはり、歪な社会構造をうまく利用するのだ。本当に狡猾だ。
しかし、富豪であっても、十代の女の子に性的虐待をすることしか楽しみがないのだったら、生きている意味などないと思う。心が満たさなければ、虚しいだけなのだ。
また、本書はシングルマザーが新聞記者として働くことがいかに過酷かということも描かれている。そこはエッセイっぽくて、面白かった。
著者は、当時、転職活動もしており、最終面接までいったのに高級紙であるワシントンポストに移れなかった。落ちた事実に意気消沈しながらも、それは神様が自分にエプスタインの記事を書かせるためだったのではないか、と解釈する。そのような前向きさを持つ彼女は非常にチャーミングな人だと思う。
Amazon Primeで配信されているエプスタイン事件のドキュメンタリーでは、被害者が顔を出して事件について涙ながらに告発している。これは勇気のいることだし、時間が経ったからこそ、できることなのだと改めて思う。彼女たちは「わたしはもう子どもじゃない」と述べている。性犯罪を受けた被害者が語れるようになるには時間がかかるのだ。よく「20年前のことを今更持ち出すなんて」という批判があるが、人間には20年経たないと語ることができないことだってある。そのことがよくわかる。またエプスタインの経歴にも触れられており、大学中退の彼がなぜウォール街で成功できたのか、その経緯についても言及されている。
【2】ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー(2020)『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い 』
二冊目は、『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い 』である。ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーというニューヨークタイムズの記者二人の共著で、古屋美登里さんが翻訳をされている。
原題はごくごくシンプルで『SHE SAID』である。彼女は証言した、告発した、という意味なのだろう。
ワインスタインはハリウッドの大物プロデューサーで、かつてのミラマックスの社長である。スティーブン・ソダバーグの才能を見出し、『イングリッシュペイシェント』や『恋に落ちたシェイクスピア』でアカデミー賞も数多く受賞している。
彼もホテルに呼び出し、二人きりになったところで、マッサージしてくれと頼む。やり口はエプスタインとよく似ている。ワインスタインの被害者となるのは、スタッフ、女優、女優やモデルの卵である。
社長にとって、スタッフは身近な存在で、これは企業におけるパワハラ、モラハラに、性犯罪がミックスされてしまったものと言える。実際、彼はミラマックスの社員に対して、パワハラとモラハラがひどく、従業員はワインスタインに脅えながら働いていた。パワハラが酷くても、多くの社員が会社に留まっていたのは、やはりハリウッドで働く、ということは魅力的だったのだろう。いわゆる、やりがい搾取である。
女優やモデルは、「成功したい」という野心はあるものの、「お金がない」という経済的に厳しい状況下に置かれている人が多い。そんなときにハリウッドの大物プロデューサーであるワインスタインに「君には才能がある。もっと話がしたい」と言われたら、ついて行ってしまうのも無理はない。富豪のエプスタインは「君はかわいい。特別だ」とほめそやすらしい。(そういや、この手法は悪い奴は誰でも使うね)搾取する人間は、相手をグルーミングをして懐柔する。被害者はその罠に無自覚のうちにはまってしまう。
そして、被害者が被害を受けたことを告白できないのは、「恥」という概念が邪魔をするからである。ひどく扱われると自尊心が損なわれ、動けなくなる。ワインスタインも、自分より立場の弱い人を見定めて、ターゲットにしている、という点ではエプスタインと共通している。
話は少し逸れるが、エプスタインを告発した地方新聞の記者であるジュリー・K ブラウンに比べると、ニューヨークタイムズの記者の取材のほうが、会社のバックアップもあり、また、二人で動いているため、経費や時間的な余裕を行間から感じた。(部数が落ち続ける地方紙で解雇に脅えながら働き、二人の子どもを大学まで行かせたジュリーは本当にすごいよ)
映画『SHE SAID』が公開されたら、観に行きたい。
キャリー・マリガンって、もはや必殺仕置き人なのかもしれない。
まとめ
性犯罪者をのさばらせないためには、すべきことは無数にある。女性の自尊心や自己肯定感を高めること、孤独に陥らないといったこともあれば、経済的自立の方法を複数持っておくことも必要となるだろう。貧困家庭に社会保障を手厚くすれば、子どもの性被害は必ず減らせるだろう。ただ、そのような社会構造、既存のジェンダー観、文化を変えるのは、一朝一夕にできることではない。
なぜ女を買いたいのか、なぜ女を強姦したいのか、といった男性側の性衝動が問題にならないことが、問題であると思う。薬を飲んだり、手術をすれば、暴力的な性衝動は抑制できるはずで、なぜ適切な処置をしないのだろう。おそらくそれは性欲ではなく、征服、支配、加虐、加害欲求なのだ。自分より弱い者の身体とメンタルを痛めつけることで、君臨することが目的なのだ。被害者を虫けら扱いすることで傷つけ、自尊感情を奪うことも含まれている。それに、いざとなれば殺してしまえる、という身体的な優位性もある。そのサディズム、サイコパス的な行動がなぜ許容され続けてきたのか。なぜ、まともな男性たちも、彼らに寛容であるのかが謎である。これは生物的な本能ではなく、男性文化の問題である。
売春婦に、女を買う男の特徴についてアンケートを取ったところ、「普通の男」という答えが最も多く、特徴がないことが特徴である、という話を聞いたことがある。あなたの身近にいる同僚や友人、彼氏、夫、父親といった人々は買春をしているのかもしれない。でも、それはオープンにはされないので、実態はわからない。やはり、問題化されることなく、このまま進んでいくのかもしれない。ここでわたしは暗い気持ちにもならないし、絶望もしていない。性差別になれきっており、そんなものだとあきらめているのだ。でも、あきらめたままで現状維持を選択すると、物事は必ず悪化する。だから、このような本を読んで学んでいくことぐらいは続けたいと思っている。
チップとデールはめちゃかわいい。
【3】マティルダ・ヴォス・グスタヴソン(2021)『ノーベル文学賞が消えた日 スウェーデンの#MeToo運動、女性たちの闘い』
2023年2月12日追記。関連書なので、ここに追記しておこう。この作品はノーベル文学賞に関わるスウェーデンアカデミー会員の詩人の妻とその夫がフォーラム(サークル)を主催し、そのコミュニティを利用して、権力を思うがままにしている恐ろしい業界の構造を明らかにしている。
夫が強姦や性的虐待を行い、妻の方にも盗作や経済的搾取をしていた。若手アーティストやアーティスト志望者は、野心を利用され、搾取される。
これはスウェーデンに限った話ではなく、世界中に自らが有名であることを利用して、好き勝手にやっている人たちがいるのだろう。
日本も例外ではないと思うが、外に出てこない。つまり、それだけ「抑圧」がひどい、ということなのだろう。