#読書感想文 リチャード・ブローティガン(2002)『愛のゆくえ』
リチャード・ブローティガンの『愛のゆくえ』を読んだ。2002年に早川書房のハヤカワepi文庫から出されたもので、翻訳は青木日出夫である。
リチャード・ブローティガンは1935年生まれのアメリカの作家で、アメリカにおいても人気作家だったらしい。華々しい時代はあったものの、1984年に銃で自死をしている。
リチャード・ブローティガンといえば、藤本和子さんの訳が有名で、村上春樹にも多大なる影響を与えたのではないか、という指摘がされている。(ブローティガンはもちろんのこと藤本和子氏の文体の影響も色濃いと言われている)
この『愛のゆくえ』の原題は、『The Abortion: An Historical Romance 1966』であり、タイトルからわかるように中絶(堕胎)がテーマである。
主人公の三十一歳の男性は図書館で働いている。24時間365日体制で、持ち込まれた本を受け付けるのが彼の仕事である。あらゆる人々が自分で作った作品を彼のもとに届けに来る。郵送では受け付けていないので、必ず対面で受け渡しがなされる。
そこに自分自身の身体(容貌の美しさ)を憎むヴァイダという女性が現れる。Vidaというのは、スペイン語の発音ではヴィダとなる。英語の意味は、lifeであるから、作品のテーマから考えるに、生活ではなく、「生命」を指しているのだと思われる。
主人公とヴァイダは関係を持ち、彼女は妊娠をしてしまう。ただ、彼女はまだ19歳で家庭を持てる年齢ではないし、図書館勤務の彼に所帯を持てるほどの収入はない。二人は堕胎をするため、メキシコのティファナへ向かう。アメリカとメキシコの国境にある町である。
図書館を飛び出して、中絶への旅をして、二人は再び図書館に戻ってくる。ただ、元通りというわけにはいかなかった。24時間365日体制で働いていた図書館は、ほかの女性に乗っ取られてしまう。仕方がなく、主人公は図書館の仕事を手放すことになり、カリフォルニアのバークレーに移り住んだところで、小説は終わる。
読みながら、図書館は何かのメタファーなのかと思ったが、おそらく社会や世俗から隔絶された場所の象徴なのだろう。堕胎はいつの世も、小説のモチーフになる。ただ、女性の後悔や悲嘆は描かれておらず、あっさりしている。当時としては画期的な描き方であったと訳者あとがきにも書かれている。(最近、見た映画『セイント・フランシス』の主人公の女性のように、今は産むべきときではない、という理由によって、中絶を選んでいる)
ただ、同じ場所には戻れない、ということは示唆されている。何かが失われ、元通りにはならない。
で、衝撃的だったのは、訳者あとがきであった。アメリカのスター作家でありながら、自死したもう一人の作家として、イエールジ・コジンスキーが挙げられている。コジンスキーの『異端の鳥』といえば、衝撃的な映画であった。また、コジンスキーは、ポーランドからアメリカに移住したユダヤ人で、たった三年で英語をマスターし、小説を書き、イエール大学の教授になったのだという。その人生の突拍子のなさに驚いた。
2022年現在、中絶の権利を奪われたアメリカの女性たちは、苦しんだり、命を落としたりしている。『愛のゆくえ』の舞台である1966年も、メキシコに行って中絶していたことを考えると、弱者の権利はすぐに奪われてしまうのだな、と暗澹たる気持ちにもなった。
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