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【勝手に現代語訳】三遊亭円朝作『怪談牡丹灯籠』第6話(全22話)

 萩原新三郎は、独りくよくよと、飯島のお嬢様のことばかり思いつめていました。そんな新三郎のところへ、折しも六月二十三日のこと、山本志丈が訪ねて参りました。

「その後は存外の御無沙汰をしました。ちょっと伺うべきでしたが、いかにも麻布の辺りにおりますゆえ、億劫でして。それにだんだん暑くなってきたので、藪医者のところにもそれなりに病の人が来るので、忙しかったんです。なんやかんやで、意外の御無沙汰となりました。あなたは、どうもお顔の色がよくない。何、お加減が悪い? それはそれは」

「どうにも、加減が悪く、四月の半ば頃から、ずっと寝ています。飯もろくに食べられないぐらいで困ります。お前さんも、あれきり来ないなんて、あんまりひどいじゃありませんか。わたくしも、飯島さんのところへ、ちょっと菓子折の一つも持って、お礼にゆきたいと思っているのに、君が来ないから私はゆき損なっているのです」

「あの飯島のお嬢様、可哀想に亡くなりましたよ」

「えっ、お嬢様が亡くなりましたと」

「あのとき、ぼくが君を連れて行ったのが誤りで、向こうのお嬢様がぞっこん君に惚れ込んだ様子でした。あのとき、何かお座敷でわけがあったに違いないが、深いことでもなかったでしょう。でも、もし、そのことが向こうの親父様にでも知れた日には、手引きした志丈は憎い奴だ。斬ってしまおう、坊主首を斬り落とす、と言われては、僕も困ります。実はあれきり、参りもせんでいたところ、ふと、このあいだ、飯島のお邸へ参り、平左衞門様にお目にかかったのです。すると、娘はあの世へゆかれ、女中のお米も引き続き亡くなったと申されました。いろいろ様子を聞きますと、まったく君に恋焦がれて、死んでしまったそうです。本当に君は罪づくりですよ。男も美しすぎるのは罪だ。死んだものは仕方がありませんから、お念仏でも唱えておあげなさい。さようなら」

山本志丈は飯島のお嬢様のお露が亡くなった経緯だけを話して、行ってしまいました。

「志丈さん、行ってしまった。お嬢様が死んだなら、寺ぐらいは教えてくれればいいのに。聞こうと思っているうちに行ってしまった。いけないねえ。しかし、お嬢様は、俺に惚れ込んで死んでしまったのか」

そう考えると新三郎は一瞬カッと逆上しますが、根はよい人ですから、ますます鬱々として、病気が重くなっていきました。それからはお嬢様の俗名を書いて仏壇に備え、毎日毎日念仏三昧で暮しました。

 今日は、盆の十三日なれば精霊棚の支度をして、縁側へちょっとした敷物を敷き、蚊取り線香をくゆらします。新三郎は白地の浴衣を着て、深草形の団扇を片手に蚊を払いながら、冴え渡る十三日の月を眺めていますと、カロンコロン、カランコロンと珍らしく下駄の音が響いています。生垣の外を通る者がいるようです。
 
 ふと、見れば先へ立ったのは年頃三十位の大丸髷(おおまるまげ)の人柄のよい年増です。その頃、流行った縮緬細工の牡丹芍薬などの花のついた灯籠を提げ、そのあとから、十七、八とも思われる娘が、髪は文金の高髷に結い、着物は秋草色染の振袖に、緋縮緬(ひぢりめん)の長襦袢に繻子(しゅす)の帯をしどけなく締め、上方風の塗柄の団扇を持って、ぱたりぱたりと通っていきます。その姿を月影に透かし見ると、どうも飯島のお露様のようですから、新三郎は伸びあがり、首を差し延べて向こうを見ると、向こうの女も立ち止まりました。

「まあ、不思議じゃございませんか。萩原様」

「おや、お米さんじゃないか。まあ、どうして」

「誠に思いがけない。あなたさまはお亡くなりになったと聞きましたのに」

「へえ、何、あなたの方がお亡くなりになったと承わりましたが」

「いやですよ。縁起の悪い事ばかり仰しゃって、誰がそんなことを申しましたか」

「まあ、お入りなさい。そこの折り戸のところを開けて」

新三郎はお米とお露に邸の中に迎え入れました。

「誠に御無沙汰をした。先日、山本志丈が来まして、あなた方、御両人ともお亡くなりになったと申しました」

「おや、まあ、あいつが、わたくしの方へ来ても、新三郎様がお亡くなりになったと言いましたよ。私の考えでは、あなたさまはお人がよいものだから、うまく騙されたのです。お嬢様はお邸で、あなたのことばかり思っていらっしゃるものだから、つい、うっかり、お父様のまえで、あなたのことを仰るものだから、ちらちらとお父様のお耳にも入りました。

また、うちにはお國という悪い妾がいるものですから、志丈に死んだと言わせ、互いにあきらめさせよう、という算段をしたのでしょう。國の畜生が邪魔をしたに違いありませんよ。あなたがお亡くなりになったと聞いて、お嬢様はあなたがお愛しいと嘆き、剃髪して尼になると仰しゃいます。そんなことなさっては大変ですから、心だけ尼になった気でいらっしゃれば、よろしいと申し上げました。それでは志丈にそんなことを言わせ、互いに諦めさせておいて、お嬢さまに婿を取れとお父様から仰しゃるのを、お嬢様は『婿は取りませんからどうか、うちには夫婦養子をしてください。そして、ほかの人と結婚するのも嫌だ』と強情を張ったものですから、うちの中はたいそう揉めて、お父様は『約束でもした男があってそんなことを言うのだろう』と怒っても、一人のお嬢様を斬ることもできません。『太い奴だ。そういうわけなら柳島にも置くことができない。放逐する』と言うので、今は私とお嬢様と二人で、お邸を出まして、谷中の三崎へ参り、台無しの家に住んでおります。私が手内職などをして、どうにかこうにか暮らしをしておりますが、お嬢様は毎日毎日、念仏三昧でいらっしゃいますよ。今日は盆の事ですから、ほうぼうへお参りに参りまして、遅く帰るところでございます」

「なんだ、そういうことだったのですね。わたくしも嘘でも何でもありません。この通りお嬢様の俗名を書いて毎日念仏しておりました」

「それほどに思ってくださるなんて、誠にありがとうございます。本当にお嬢様は、たとえ勘当されても、斬られてもいいから、あなたのお情けを受けたいと仰しゃっていらっしゃるのですよ。そして、お嬢様は今晩こちらへ泊めていただいてもよろしゅうございますか」

「私の孫店に住んでいる白翁堂勇齋(はくおうどうゆうさい)という人相見が、万事、わたくしの世話をしてやかましい奴だから、それに知れないように裏からそっとお入りくださいませ」

その新三郎の言葉に従い、二人はその晩泊り、夜が明けぬうちに帰りました。この日から雨の夜も風の夜も毎晩来ては、夜の明けぬうちに帰ること、十三日より十九日まで七日のあいだ、重なりました。二人の仲は漆(うるし)の如く膠(にかわ)の如くになりまして、新三郎もうつつを抜かしておりました。

 ここに萩原の孫店に住む伴蔵という者がおります。毎晩、萩原の家にて真夜中に女の話し声がするので、伴蔵は変に思いました。旦那は人がよいものだから悪い女にひっかかり、騙されては困る、とそっと部屋を抜け出して、萩原の家の戸の側へ行って家の様子を見ると、座敷に蚊帳を吊り、床の上に比翼ござを敷き、新三郎とお露と並んで座っているさまは真の夫婦のようです。今は恥ずかしいのも何も、すっかり忘れてお互いに馴れ馴れしく会話を交わしております。

「あの、新三郎様、わたくしがもし親に勘当されましたらば、米とわたくしをお宅へ置いてくださいますか」

「もちろん、引き取りますとも。あなたが勘当されれば、わたしは幸せです。一人娘ですから勘当する気遣いはありません。かえって、あとで、生木を割かれるようなことがなければいいと思って私は心配でなりませんよ」

「わたくしはあなたのほかに夫はいないと存じております。たとえ、このことがお父様に知られて、手打ちになりましても、あなたのことは思い切れません。お見捨てになるなんて、許しませんよ」

と膝にもたれかかり、睦まじく話をしており、よっぽど惚れている様子です。

「これは妙な女だ。お嬢様言葉だ。どんな女かよく見てやろう」

伴蔵はうちの中を覗き込み、一瞬で青ざめました。

「化物だ! 化け物だ!」

そう言いながら、伴蔵は真っ青になって、夢中で逃げ出し、白翁堂勇齋のところへゆこうと思い、駆け出しました。


◆場面

萩原新三郎の自宅

◆登場人物

・萩原新三郎…美青年、お露に恋をしている
・山本志丈…萩原新三郎の友人、藪医者
・お露…飯島家のお嬢様
・お米…お露の面倒を見る女中
・伴蔵…萩原家の孫店で店を営んでいる

◆感想と解説

カロンコロンという下駄の音をならして、お嬢様のお露は新三郎の前に現れます。この描写が何とも中国らしいのです。

なぜかといえば、日本の幽霊には、本来足はないのです。

この物語が中国由来である証拠でもあるのですが、牡丹燈籠の見せ場の一つでもあります。

第7話に続きます!

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佐藤芽衣
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