#映画感想文171『3つの鍵』(2021)
映画『3つの鍵(原題:Tre piani)』を映画館で見てきた。
監督・脚本はナンニ・モレッティ、2021年製作、119分のイタリア・フランス合作映画である。
ローマの高級アパートメントに住んでいる3つの家族がメインに話は進んでいく。この3家族は知り合いなのだが、それほど密接に関わっているわけではない。
映画の冒頭で3家族のコンタクト、つながりが明確に描かれる。
まず、弁護士夫婦とその息子の物語。息子のアンドレアは抑圧された子どもで、大人になっても、大人になりきれておらず、両親に対する感情は愛より憎しみの方が勝っている。イタリア家族の母子密着も描かれるが、この母親は夫のことも確かに愛していた。夫と息子がずっと妻(母親)の愛を綱引きしていたのかな、というような家族である。
次は、夫婦と娘。娘のある事件をきっかけに父親の心が崩れ始める。ただ、この父親がそれほど大袈裟な人間だとも思えないので、行動自体は理解できなくもない。ナタリーポートマン似の女子大生に誘惑されてしまうのも、まあ、理解できなくはない。ただ、愛情深い父親であることは間違いない。
そして、ワンオペ育児をしている母親の産後鬱と孤独な生活。彼女には黒い鳥(カラス)が見え、そのうえ、若年性認知症を患っているようなのだが、きちんとした治療を受けられない。そして、この妻の夫も、無理解な乱暴者で無神経と言えるほどひどい人ではない。それなりに思いやりがあって、冷たい人ではないのだ。
普通の人たちが努力しているにも関わらず不幸になってしまう、という話ではない。むしろ、明らかな欠陥や問題点の有無に関わらず、うまくいかなくなるときは唐突に訪れる、という身も蓋もない不幸が描かれていた。不幸せになるとき、決定打など必要ないのだ。
もちろん、登場人物の男性たちの不完全さは描かれているが、彼らに悪意はなかったし、悪い人たちではない、という監督の意図を感じた。それは不器用とか、そういった言葉ではまとめられない、ある種の平凡さでもある。
起承転結などなく、三つの家族の時間が流れていく。この滑らかさは見ていて心地がよかった。そして、人間の弱さや怒り、だらしなさをきちんと描くのは、イタリア映画らしさでもあるとも思う。『息子の部屋』では時間の流れの残酷さが描かれ、本作では時間によって解決すること、しないことがある、という人生のままならなさが描かれており、やはりヨーロッパの「豊かさ」がそこにはあると思われた。