【勝手に現代語訳】三遊亭円朝作『怪談牡丹灯籠』第14話(全22話)
三遊亭円朝の傑作『怪談牡丹灯籠』の現代語訳です。この作品によって、言文一致運動が展開され、現代日本語の基礎となった作品でもあります。とはいえ、150年前の日本語では読みにくい部分もあるので、現代口語訳をしております。
2023年3月までには終わらせようと思っています。
興味のない方はスルーしていただけますと幸いです。
十四
伴蔵は畑へ転がり落ち、二人の姿が見えなくなってから、ようやく震えながら起き上がり、泥だらけのまま、うちへ駆け戻りました。
「おみねや、出なよ」
「あいよ、どうしたんだい? まあ、私は暑かったこと、暑かったこと。油汗がびっしょり流れるほど出たが、我慢していたよ」
「お前は暑い汗をかいたろうが、俺はつめてえ汗をかいた。幽霊が裏窓から入って行ったから、萩原様は取り殺されてしまうだろうか」
「私の考えじゃ、殺さないと思うよ。あれは悔しくって出る幽霊ではなく、『恋しい、恋しい』と思って、お札があって入れなかっただけ。これが生きている人間ならば、お前さんはあんまりな人だとかなんとか言って、文句でも言うところだ。殺す心配はあるまいよ。心配なら、どんなことをしているか、お前さん、見ておいでよ」
「馬鹿を言うな」
「表からまわって、そっと見ておいでよ」
おみねにそう言われ、伴蔵は抜き足差し足で、萩原の裏手へまわり、しばらくして、戻りました。
「たいそう長かったね。どうしたんだい?」
「おみね、なるほど、お前の言う通り、何だかごちゃごちゃ話し声がするようだから、覗いてみると、蚊帳が吊ってあって何だかわからない。裏手の方へまわるうちに、話し声がパッタリとやんだようだから、大方仲直りでもして幽霊と寝たのかもしれねえ」
「嫌だね、あんた、つまらないことをお言いでないよ」
そんな話をしているうちに、夜も白々と明けていきます。
「おみね、夜が明けたから萩原様のところへ一緒に行ってみよう」
「嫌だよ。わたしゃ、夜が明けても怖くって嫌だよ」
「まあ、行こうよ」
二人は連れ立って、萩原のもとへ向かいます。
「おみねや、戸を開けてくれ」
「嫌だよ。何だか怖いもの」
「そんなことを言ったって、手前が毎朝戸を開けるじゃねえか。ちょっと開けな」
「戸の間から手を入れてグッと押すと、栓張棒が落ちるから、お前がお開けよ」
「わたしゃ、嫌だよ」
伴蔵はおみねを説得するのも面倒になり、自分で栓張を外し、戸を引き開けます。
「ごめんください、旦那。夜が明けましたよ。明るくなりやしたよ。旦那」
伴蔵がそう言っても、反応がまるでありません。
「おみねや、音も沙汰もねえぜ。お前、ちょっと先へ入れ。お前はここのうちの勝手をよく知っているじゃねえか」
「怖いときは、勝手も何もないよ」
伴蔵が中仕切の障子を明けると、真っ暗です。
「旦那、旦那、よく寝ていらっしゃる。まだ、正体なく、よく寝ていらっしゃるから大丈夫だ。ごめんなせえ。わっちが戸を開けますよ。旦那、旦那」
伴蔵は言いながら床のうちを覗き込み、キャッと悲鳴をあげます。
「おみねや。俺はこのぐらい怖いものは見たことがない」
「どうなっているのだよ」
「どうなったの、こうなったのと、実に何とも言いようのねえ怖いことだ。これをお前と俺で見ただけじゃ、関わり合いにでもなっちゃ、大変だ。白翁堂の爺さんを連れて来て、立ち合いをさせよう」
二人は急いで白翁堂の宅へ参ります。
「先生、先生、伴蔵でごぜえやす。ちょっとお開けなすって」
「そんなに叩かなくってもいい。寝ちゃいねえんだ。とうに眼が覚めている。そんなに叩くと戸が壊れる。どれどれ、待っていろ。ああ、いたたたた。戸を開けたのに俺の頭を殴る奴があるものか」
「急いだものだから、つい、ごめんなせえ。先生ちょっと萩原様のところへ行ってくだせえ。変ですよ」
「どうしたんだ」
「どうにもこうにも、わっちが今おみねと二人で見に行って驚いたんだから。お前さんちょっと立ち会ってください」
白翁堂も驚いて、あかざの杖をつき、ぽくぽくと出掛けて参ります。
「伴蔵、お前が先に入りなさい」
二人とも怖がって中に入ろうとしません。
「じゃあいい」
白翁堂はそう言いながら中へ入ったけれども、真っ暗でわけがわかりません。
「おみね、ちょっと小窓の障子を開けろ。萩原氏、どうかなさいましたか。お加減でも悪いのですか」
と言いながら、床のうちを覗き込むと、白翁堂はわなわなと震えながら、思わず後ずさりました。
◆場面
伴蔵の家
萩原新三郎の家
◆登場人物
・伴蔵…萩原新三郎の使用人
・おみね…伴蔵の妻
・萩原新三郎…お露が片思いをしている相手、美青年
・白翁堂…顔相見、占い師
◆感想と解説
とうとう萩原新三郎がお露に憑りつかれ殺されてしまったという場面です。とても短いのですが、伴蔵の行動にご注目ください。
第15話に続きます!