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#映画感想文313『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』(2022)

映画『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話(原題:Call Jane)』(2022)を映画館で観てきた。

監督はフィリス・ナジー、脚本はヘイリー・ショア、ロシャン・セティ、出演はエリザベス・バンクス、シガニー・ウィーバー。

2022年製作、121分、アメリカ映画。

舞台は1960年代のアメリカ。ジョイは郊外の専業主婦で中学生の娘がいる。ベトナム戦争に反対デモをする人々を街で目の当たりにして、彼女は時代の変化を感じ取っていた。そんななか、三十代後半の彼女は妊娠をして、心臓の病が悪化する。出産をして母体が安全である確率は五分五分。つまり、出産時には50%は死ぬ可能性があるのだが、病院の理事会の男性陣は全員中絶に反対。夫も「何かいい方法があるはず」と無責任に励ますばかりで、具体的には何もしてくれない。

ジョイは自分の命を投げうってまで出産したいとは思っていない。(キリスト教原理主義者でもない限り、いやキリスト教原理主義者であったとしても)自分の命を優先したい、というのは当たり前のことではないか。自分の命を犠牲にすることが明らかであっても、出産しろ、というのは暴力以外の何ものでもない。もちろん、危険を認識し、リスクを冒して、出産したいという女性の希望も尊重されてしかるべきだと思う。

周囲の医師や夫はどこか他人事で、まともに助けてくれないことがわかったジョイは、中絶手術をしてくれる闇医者を探す。街角の電信柱に貼られた「コール・ジェーン」という団体に電話をかけると、女性が迎えに来て、車に乗せられる。目隠しをさせられ、目的地まで向かうと、無事に中絶手術を受けられる。手術は20分で終わり、その後はミートスパゲティをふるまわれる。そこは望まない妊娠による出産を防ぐため、女性たちが作った団体であったことがわかる。違法な団体であり、マフィアにみかじめ料を支払い、薬局で医薬品を仕入れて、謎の男性医師を雇って、彼女たちは女性への支援を続けていた。女性たちからも、中絶費用をもらうが、団体の運営はかつかつで、なかなか厳しいものがあった。

ジョイは徐々にその団体にコミットするようになる。望まない妊娠に途方に暮れている女性は少なくない。レイプ被害者もいれば、夫や恋人が避妊をしてくれなくて妊娠してしまった人々もいる。十代の妊婦もいる。子どもを安心して産める環境で生活している人ばかりではない。

ジョイは勉強家で行動的でもある。団体に雇われている男性医師に医師免許がないこと、卒業大学の名簿に名前がなかったことを突き止め、彼から中絶手術を教えてもらい、なんと習得してしまう! 多少、注射は使ったりなどの医療行為はあるが、基本的には掻き出す作業なので、ある意味、器用な人であればできないことはなかったのだろう。

支援団体においてジョイは男性医師のアシスタントからメインの執刀医へと昇格する。無免許であるが、彼女の手術によって亡くなった女性はいない。ジョイは自分の家族には、生涯学習の美術講座に通っていると嘘をついて、不倫を疑われる。ただ単に、彼女は女性たちを支援することに心血を注いでいたのだ。

そして、1970年代に入り、女性の中絶手術は合法化され、闇医者に頼らなくてもよくなる。ハッピーエンドで終わったかと思いきや、2022年のアメリカでは一部の州で中絶が禁止されている。保守層は、胎児の命を尊重しろ、と叫ぶ。彼らの理屈はわからなくもない。それによって救われた命があることも知っている。しかし、女性が選べない、女性の意思がまったく考慮されないのは、由々しき事態であると言わざるを得ない。

終盤でジョイは「次は男女同一賃金ね」と政治運動は終わらないことを示唆する。ジョイのような、郊外の良妻賢母風の女性が、フェミニズムにポップに傾倒していく様子を面白く描いており、決して堅苦しい作品ではなかった。

ただ、自分で自分のことを決められない社会や人生の息苦しさは想像を絶するものがある。自分で自分を救わなければ見殺しにされるとジョイは自らの状況を放置せずに行動した。胎児の命は失われたが、「お母さんはあなたを生むために死んだのよ」と言われ続ける子どもの人生も苦痛に満ちているではないか。

自分のことは自分で決めていい。それを放棄していけない。そういった当たり前のことは何度でも繰り返し繰り返し学んでいく必要があるのだと思える映画だった。

同じ中絶問題を扱ったフランス映画『あのこと』は、すごく痛々しい映画で、こちらの方がヘビーであった。


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佐藤芽衣
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