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映画『マイスモールランド』(2022)の感想

映画『マイスモールランド』を映画館で観てきた。

監督・脚本は川和田恵真、主演は嵐莉菜、2022年製作、114分、日仏合作である。川和田監督は是枝裕和監督主催の「分福」に所属している。

この映画の評判の良さは知っていたのだが、どうも食指が動かなかった。それは、名古屋入管のウィシュマさんの事件、技能実習生問題、難民問題、避難民問題と、あまりに問題が山積しており、夢も希望もないと考えていたからだと思う。

ほかの映画を観るつもりだったのだが、その映画があいにく満員で、時間がぽっかり空いてしまったので、見ることにした。

実際に映画を鑑賞して、やっぱり夢も希望もなく、絶望は深くなるばかりだった。

予想外だったのは、登場する日本人(マジョリティ)の描かれ方だった。わたしは、熱を持って支援してくれる人、冷淡な人々と、濃淡があると思っていたのだが、「関わり合いを避ける人々」として登場するだけで、毒にも薬にもならない、というか、主人公のやるせなさが募るので、むしろ毒という感じだった。いい人になろうとも、いい人を演じようともしない。自分の生活を守るだけで必死、という状態で、失われっぱなしの日本に生きる人々の「余裕のなさ」が見て取れた。理想を語って、野心的に行動したり、思い切ったことができるのは、環境が整ってこそなのだな、と改めて思う。

シングルマザーに育てられているのに、東京から大阪の美大に行きたいと夢見る少年に何ができるのか。彼が弁護士になるため法学部を目指しているなら、違った展開が望めただろうか。いや、そんな実利主義の少年はクルド難民の少女に思いを寄せないだろう、とも思う。

嵐莉菜さんが演じる主人公のサーリャは、自分がどんな人間かわかっていないようで、見ていて切なくなってくる。自分がどんな人間かを知ることなく、家族のため、コミュニティのために、生きてきたであろう彼女が、本当に気の毒だった。

学校ではクルド難民であることを隠し、ドイツ人のふりをしている。女子の友達とは仲良く会話しているが、そこに本音はあるようでない。

彼氏のような男の子に出自を打ち明けることはできたが、何も頼むことができない。わがままを言うこともない。不満や苛立ちの表明の仕方も、抑圧されてきた人間のそれで、真正面から対峙することもできない。

クルド難民のコミュニティの中では、ケアとサポート要員として、いいように使われている。地域のヤングケアラーのような役割なのだ。もちろん、家庭の中でも妹と弟の面倒を見ている。前半は父親が料理を作ってくれていたが、後半は家事全般をせざるを得ない状況に追い込まれる。誰にも甘えることのできない「長女」でもある。

「パパ活(援助交際、買春)」で性的搾取しようとしてくる日本の中年男性、結婚(性的関係含む)を引き換えに援助を申し出る難民コミュニティも描かれ、四方八方が地獄だ。

彼女の最善策は、貧困状態に追い込まれても、一人で踏ん張り続けることなのだ。過酷、あまりに過酷で、愚痴一つ言わず、弱音を吐かない(吐けない)ので、さらにつらくなってくる。

非のない、優秀で献身的で抑制的な主人公にしたことで、日本のクルド難民のおかれた苦境を活写することには成功していると思う。

ただ、「物語」としての快楽がなかった。彼女が自らの個性を押しつぶす環境で育ったことはわかるのだが、それすらも飛び越える、彼女自身の核となるものを描いてくれていたら、もっと好きになれた映画だと思う。この映画は、良くも悪くも、啓蒙的で教育的である。

もし、彼女の欠点、駄目なところ、どうしようもないところ、だらしないところ、ずるいところが描かれていたとしても、彼女の置かれている苦境の要素が減じることはない。というか、ここまで優等生ではないと、かわいそうだと思えない、同情や共感ができない観客ばかりなのだとしたら、そのほうがとても怖い。条件付きでしか、子どもを愛さない毒親のまなざしに似たものを感じる。

つまり、これは日本映画が置かれている状況にも通じているのではないかと思う。「余裕のなさ」である。脚本には無駄な要素がない。ただ、それが不自然に台詞が浮いてしまっている場面の多さにも繋がっている。そして、根底には、「良き娘、良き妻、良き母」であれ、という女性に対する抑圧がある。少女漫画や童話の完璧な主人公も想起させられた。

「優等生」であることがアイデンティティになっている人も現実にたくさん存在している。そういう意味では、この作品も優等生的で、主人公も優等生であった。もう少し、おちゃらけたり、はっちゃけても、誰もあなたを責めたりしないよ、という気分になる作品だった。

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