690円
昼間、見知らぬ番号から着信があった。仕事中だったので出られなかったのだが、便利な時代だ、検索したら最寄りのTSUTAYAからの電話だと言うことがわかった。
何の用件かは何となく頭に浮かんだのだが、確認の為折り返す。
案の定だ。
あいつ、トムとジェリー、返してやがらない。
数日前、学童にお迎えに行った帰りに、欲しい雑誌があるので娘にTSUTAYAに着いて来てもらった。1階が本屋、2階がレンタルという構造の、これぞTSUTAYA!という佇まいの、家から最寄りのTSUTAYA。(ちなみに1階がレンタルで2階が本屋のそれを俺はTATSUYAと呼んでいる事についてはいつか書くとして、今回は話を進めたい。)
その正真正銘のTSUTAYA1階で雑誌を読んでいる俺に、娘がDVDを借りたいと言いに来た。着いてきてもらった手前もあり、旧作なら100円だしまぁいいか、と2階に上がったのがそもそも破滅への始まりだった。
トムとジェリーコーナーで、時間をたっぷりかけて、どのトムにするか、どのジェリーを借りるか熟考し、ついに決まったトムとジェリーをセルフレジでお会計、100円を投入して店を後にした。その後に待ち受ける運命の事など、知る由もなく。
あんなに時間をかけて選ばれたトムとジェリーは、数時間後には消費され、いつ返却しても良い、ただの銀の円盤となった。
旧作なので返却期限は7日後。まだもう一度見るかもしれない、と主張する娘を尊重し、ほな見たら自分で返しに行っといてな、という契約を交わして、その日は眠りについた。
トムとジェリーは、そのまま10日間、リビングのテーブルの下で眠り続けることになる。
そして、今日。
奇しくも同じく学童にお迎えに行き、俺は追い詰める事のない口調で、娘を問い詰めた。
トムとジェリーのことを、覚えているかい?
と。
これは経験だ。子どもは色んな経験をすればいい。そうやって大きくなっていくのだ。
娘が初めて延滞料金を払う所に立ち会えた喜び、は、別にない。俺は、実家に帰る高速代630円もケチって下道でのろのろと帰るような男だ。テーブルの下にトムだけならまだしも、ましてやジェリーまでも、ただ寝かしておいただけで払う690円なんて…
断腸の思いで、あえて一万円札を娘に渡し、自分で払っておいで、とレジから少し離れた所で送り出した。
払う必要のない690円を払い、まずはお札で9000円、そしてジャリ銭310円とレシートを受け取り、こちらに戻ってきた娘を抱きしめ、お釣りを受け取った。そして再びレシートを娘に渡し、こう言い放つ。
リメンバー!トムアンドジェリー!!!
※690円ごときでガタガタ言うな、というコメント以外、お待ちしております。