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#2 火の鳥全部読む |猿田彦が背負わされた業をまとめてみた

手塚治虫の『火の鳥』を、全部読みました。


『火の鳥』は疑いようもない傑作で、人間とは何者か、生と死、罪と罰、現世への執着と輪廻転生について、どこまでも深く問いかけてくる作品でした。

「火の鳥全部読む」と題し、全4回に分けて、本作を好き勝手に掘り下げていくnoteを書いていきます。


もしまだ『火の鳥』を未読の方がいらっしゃったら、まずはぜひ読んでみていただきたいです。絶対に読んで後悔しない傑作です。

そのうえで、こちらのnoteに帰ってきていただけるとありがたいです。一度『火の鳥』を通読したうえでお読みいただいただ方が、より楽しめるnoteだと思います。




猿田彦が背負わされた業をまとめてみた


第2回目となる今回は、火の鳥シリーズのキーパーソンである猿田彦について。


日本神話に登場し、万事を良い方向へと導く大神であるサルタヒコノカミ

その名前を冠する『火の鳥』の猿田彦は、火の鳥によって決して幸福になれない業を背負わされ、罰を課せられた人間代表として描かれています(日本神話とは大違い……)。


シリーズを通してあらゆる世代の猿田彦が登場しますが、どの猿田彦にも共通しているのが、醜く腫れ上がったイボ鼻と、苦難に満ちた運命

彼はどの作品でも重要な役どころを与えられ、物語を動かす鍵になっています。

猿田彦が背負わされた業を追っていくと、『火の鳥』の奥深さに改めて気付かされます。こちらについて、まとめてみました。



黎明編

「黎明編」の猿田彦は、邪馬台国のヒミコに仕える防人の軍隊長として登場します。

侵略先の集落で出会ったナギを父親代わりに育て、立派な戦士として教育します。

そんなナギがヒミコの命を狙った罪を背負わされ、マダラバチだらけの穴蔵に閉じ込められます。このせいで、鼻が大きく膨れ上がることに。

最後は、征服者ニニギの軍勢との戦いに参加し、矢に射られまくって静かに命を落とします。

マダラバチの穴蔵に閉じ込められ、刺されまくるという罰を受けます
ハチに刺されたことで鼻が腫れ上がり、猿田彦本来の姿(?)に
本作の猿田彦は、ナギの良き後見者として活躍します
最後は無数の矢に射られ、戦場で絶命します


未来編

『未来編』の猿田彦は「猿田博士」と呼ばれ、滅びゆく地球の地上にひとりで研究所を構え、孤独に人造生物の研究をする変わり者として登場。

その醜い容姿から生涯女性の愛を得られず、自身を慕ってくれる女性型ロボットを作るも、虚しさを募らせるばかりでした。

実は誰よりも地球と生命に対する愛着が強く、人造生物を完成させることで生命の系譜を繋ごうと試みましたが、ついにその夢を叶えることはできませんでした。

最後は放射能に身体を蝕まれて死去、打ち上げられたロケットで地球の衛星軌道を周回することになります。

孤独に人造生物の研究をする変わり者、猿田博士
自身を愛してくれる女性型ロボットを作りますが、虚しさを募らせるばかり
火の鳥「いつの日か……あなたはまた復活するでしょう」
シリーズを通した猿田彦の運命の伏線とも取れる発言です


ヤマト編

「ヤマト編」では、クマソの長・川上タケルに仕えるイマリという男が、猿田彦ポジションです。

カジカという女性を愛しているものの振り向いてもらえず、主人公のオグナに勝負を仕掛けるも、敗れます。

この恋愛が成就しないという点、全ての猿田彦に共通する特徴になります。

イマリは物語に大きく影響しない脇役ですが、傲岸不遜で自己中心的な人物として描かれており、おそらくはロクな人生を送らないことが想像されます……。

カジカに振り向いてもらえないイマリ


宇宙編

「宇宙編」では、宇宙船の乗組員のひとりとして、猿田という名前で登場します。

物語の序盤では比較的影が薄く、どちらかというと常識人のような立ち位置で進んでいくため「あれ?」という感じでしたが、最後にはしっかり猿田彦ムーブをかましてくれて安心します(?)。

それどころか「宇宙編」の猿田は、シリーズに登場する全猿田彦が背負うことになった、悲惨な宿命の元凶なのです。猿田彦たちの苦しみは、ここから始まりました。

同じ乗組員のナナを愛する猿田は、彼女が愛する牧村への嫉妬に駆られ、赤子の状態の牧村を殺そうとします。この悪行が、火の鳥の怒りを買うのです。

これにより猿田彦は、全世代に渡って未来永劫、決して満たされることのない不幸な運命を背負うという、重すぎる罰を課せられるのです。

恋愛の嫉妬に狂い、赤子の牧村を殺害しようとする猿田
牧村は火の鳥の呪いで不死になっているため、いくら殺しても死にません


鳳凰編

『鳳凰編』では、我王という名前で登場します。生まれつき左腕がなく、幼少期に人を殺めてしまい、村を追われ孤独の身となります。

自身の不幸な境遇を呪い、腐り切った日々を送りますが、良弁僧正の共として日本を行脚する中で悟りを開き、彫刻師としての才能に目覚めます。

「鳳凰編」は輪廻転生因果応報が主題のひとつであり、人間は必ずしも人間に生まれ変わるとは限らないと述べられます。

一方で猿田彦は、火の鳥から「猿田彦の子孫は永久に猿田彦」という悲しい事実を知らされます。

猿田彦は、人類の苦しみを永久に受けて立つ人間なのだということが、猿田彦自身に突きつけられるのです。

千年後の子孫が政治と戦い銃殺される様子を、火の鳥に見せられる我王
そのほか、「未来編」の猿田博士も子孫のひとりとして出てきます
茜丸との最終対決後にもう片方の手も切り落とされ、山に篭って口で木仏を掘り続ける我王
理不尽な仕打ちを受けてもなお、生物への希望や愛を持ち続けます
この地球で生きとし生けるものへの愛情が、未来編の猿田博士に引き継がれているのです


復活編

「復活編」ではなんと、物語のラストで、「未来編」の猿田博士の若かりし頃が登場します。

生命の秘密を探して宇宙を渡り歩いていた猿田博士と、「未来編」で助手として共に暮らしていたロビタというロボットとの、出会いのシーンが描かれています。

ここで読者は、「未来編」で登場したロビタが、「復活編」の主人公・レオナの成れの果てであることを知るのです。

「未来編」の猿田博士とロビタの、コンビ結成の瞬間です


乱世編

「乱世編」に登場する猿田彦は、「鳳凰編」の主人公・我王と同一人物です。

乱世編は鳳凰編から約400年後の日本が舞台ですが、すっかり年老いて仙人のような姿になった我王が再び登場します。

このように『火の鳥』の猿田彦は、同一人物が作品をまたいで登場します。

『火の鳥』の物語が同じ世界線で連なっていることの証人、そして作品間のバトンを繋ぐ橋渡し役として、猿田彦を利用していると考えられます。

乞食組合の少年たちに神サマと崇められる晩年の我王は、牛若と弁太たちに看取られながら死んでいきます。

まさかの我王再登場!
主人公たちに輪廻転生を説き、どこか火の鳥のポジションに近い立ち回りをします



生命編

「生命編」では、ペルーのクローン研究所で助手として働く日本人・猿田として登場します。

鼻の悪性の出来物により結婚が破談になった彼は、自身のクローンをつくり、クローンと婚約者を結びつけようと画策していました。

しかし主人公・青居の罰に巻き込まれ、火の鳥の子孫の試練を受けて呆気なく死亡します。

『火の鳥』の物語の中心にクローズアップすらされないような、不幸な猿田彦が他にも無数に存在するのだと思うと、悲しくなります。

本作の猿田は、前髪が長くてちょっと格好良い気がします


異形編

「異形編」では、主人公・左近介の父であり、戦国時代の一国の殿として登場します。

鼻の癌で病床に伏せており、どんな病でも快復させるという八百比丘尼に治療を頼みますが、実の娘である左近介に阻まれます。

残虐非道で欲深い戦好きとして描かれ、作中で明記されてはいませんが、おそらく癌で命を落としているでしょう。

鼻からひよこが飛び出す猿田彦


太陽編

「太陽編」の猿田彦は、”影(シャドー)”の頭領として登場します。主人公からは「おやじ」と呼ばれ、マフィアのボスのような風貌です。

”光”一族から迫害されている”影”の解放、”光”一族への革命を目論み、主人公のスグルをはじめとするスパイを光側に送り込んでは、決行の時を待ち続けます。

やがて”光”一族の権威失墜を成功させますが、その後自身で新たな宗教の立ち上げを計画し、結局”光”一族の二の舞を演じようとする浅はかさを見せます。

いつの時代も人間は同じ過ちを繰り返すという歴史の定説を、この猿田彦自身が体現しているとも言えます。

”影”のボスとして登場する猿田彦
「太陽編」の物語の後に、今度は革命を受ける側に回って、きっと悲痛な最期を遂げるのでしょう……




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