特別支援学校からの発信「こだわり保存の法則」
障がいのある子たち、とりわけASD(自閉スペクトラム症)傾向のある子たちには「こだわり」や「常同行動」「興味の偏り」と呼ばれる、周りの人からするとよくわからない、奇妙と思われる行動や反応、嗜好を取ることがあります。
もちろんそれらには彼らなりの背景や理由があるのですが、そのこだわりが彼ら自身や周りの人をしんどくさせてしまうこともあります。今回はそんな「こだわり(便宜上、ひとまとめにしたそう呼ばせてもらいます)」について少しお話ししたいと思います。
「こだわり」あるいは常同行動、興味の偏りとは?
こだわりや常同行動については、なかなか僕の知識や言葉では難しく、以下にその説明を引用させていただきます。
冒頭でも述べたように、「こだわり」には彼らなりの理由があるのです。
今まで出会ったいろんな「こだわり」
よく聞くこだわりの例には、クルマのおもちゃを走らせるのではなく手に持ってひたすら車輪を回す、何かをするときの方法や道順、手順、物の並べ方などがいつも同じでないと気が済まない、順番や競争などで一番になれないとパニックを起こしたり、相手とトラブルになったりするなどがあります。
僕が自閉症(当時はそう呼ばれていました)の子たちに初めて出会ったのは大学時代に先輩に連れられて参加した障がい児学童(今で言う放課後等児童デイサービス)でした。
コマの紐を肌身離さず四六時中揺らしている子や本の順番が少しでも狂うと怒りだして並べ直す子(これは僕も共感する)、ドアや窓が全部閉まっていると落ち着かない子(割れたら壊れたときはどうするのだろう?)、お弁当はパンしか食べない子、プールに行くとずっと潜水して底を眺めている子、最初は彼らが何をしているのかわからず、どう接したらいいのかもわからず戸惑いましたが(今ならいろいろ考察するだろうなと思いますが)、一緒に同じ場で過ごすうちに「そんなものだ」と思うようになりました。
初めて支援学校で働いた初日の給食がエビフライカレーでした。エビが嫌いな僕は喜ぶ生徒たちの傍で「これが給食の洗礼か…」と問答していたのですが、カレーを白米にかけて配膳したときにある子から泣きながらに抗議されたのも今ではいい思い出です。その子は白米は白米だけで食べると言うこだわりの持ち主で、カレールーとルーのついた白米を食べてから、最後に笑顔で白米を食べていました。
盲学校でも、特定の音を繰り返し聞いたり、絶対音感のあまりピアノの音が少しズレているのが許せなかったり(僕には違いが全くわからない)、まぶたの上から眼球を押す「目押し」を繰り返す子たちに出会いました。
今の職場でも、床に落ちているゴミを拾ってはすぐにプレゼントしてくれる子がいたりと、いろんなこだわりがあります。
こだわりへの対処
僕自身は、本人や周りの人に危害を加えるなど危険でない限りこだわりはそのままにしておいたほうがいいと思います。読んできた本や研修会でもそう言われていました。
ある記事を読んでいるとこだわりに対しては、なくそうとする派とさしかえようとする派の二代派閥があるのだとか。
あるこだわりを消そうとすると(これは本人にとってもまわりにとってもとても大変なことです)、大抵、他の新しいこだわりが出てきます。
これは考えてみれば当たり前で、彼らにとってみればこのわけのわからない世界で何とかやっていくために見つけた法則やルール、あるいはお守り(のようなものと本人は思っている)なのに、それがダメだと否定されるのですから、すぐに何か別の心の拠り所を見つけようとするのでしょう。
そしてあまり良くない言い方かもしれませんが、そのこだわりを潰したとして、次にどんなこだわりが出てくるのかはわからないのです。
なのでこだわりをなくそうとする派は気力と体力を消耗する割に合わない結果になるかもしれませんね。
こだわり保存の法則
この、あるこだわりがなくなっても別のこだわりが出てくるということを研修会である講師の方が「こだわり保存の法則」と言われていました。こだわりを、理科で習う「質量保存の法則」になぞらえたものです。要約すると、こだわりに向けられるエネルギーは一定量あり、あるこだわりがなくなっても、そのエネルギー分他のこだわりが現れるといったところでしょうか。
(画像は化学受験テクニック塾より)
そしてこの法則は、こだわりの対象を増やしたり、他に熱中できることを見つけると、そのこだわりへのこだわりが弱まるということにもつながります。
まぁこだわりを別のものに置き換えるというのは、興味関心の幅が限られる子たちにとってとっても難しいことではあるのですが…。それがこだわりをさしかえようとする派の難しさなのだと思います。
ただ僕自身も、好きなアニメやゲーム、部活動に夢中になるにつれそれまでのこだわりが嘘のように消えていった子たちを何人も見ています。
また知識や理解が広がり、経験を重ね、本人が納得することで、それまでのこだわりが減ったり、折り合いをつけられるようになることもあります。
こだわり保存の法則については『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち(本田 秀夫)』という本にも解説されていました。少し引用します。
(画像は『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち(本田 秀夫)』第4章より)
「こだわりが強い」と言う特性について、こだわりの内容が変わる事はあっても、その総量は変わらないのではないか、と言うふうに解説しました。私はこのことを「こだわり保存の法則」と呼んでいます。私の臨床経験上、発達の特性がある人の「こだわりへのエネルギー量」は、生涯を通じて行っていたと考えられるのです。この法則を、環境調整に活用することができます。189ページの頭を使って説明しましょう。
こだわりを広げるというアプローチ
別のアプローチも紹介しておきます。
それはこだわりの対象を広げていくというものです。こだわっているのがモノなら、そのモノから派生したモノへ、ヒトならそのヒトに関するコトや一緒に取り組むコトへ、対象を広げていくのです。
少し違うかもしれませんが、漢字に苦手意識があって全然書けなかった子が、大好きな魚の漢字や魚に関連する漢字を覚え、さらに例えば「鯛」「鯵」など魚の漢字の魚へん以外の部分から派生する漢字「周」「参」などを覚えていった結果、漢字が大得意になり、漢字が大好きになり、漢検一級を取ってしまったという話を聞いたことがあります。
もう1つ、数字の3にこだわりがあって、電車の3号車にしか乗れなかった方が、3の倍数の6号車と9号車にもこだわってもらえるようになり、通勤がスムーズになったという例もあるようです。
まとめ
こだわりについてお話ししましたがどうでしたか?子どもたちのこだわりがわからず、困ってしまっている方もいるかと思います。
繰り返しになりますが、こだわりはその子がこの不可解で奇妙な世界を生きていくための拠り所の1つです。なくそうと思ってなくなるものではありません。
あるツイートで、こだわりを「マイブーム」と読んでみようという話がありました。
もちろん個々の実態によってアプローチの仕方は異なりますし、難しい場合も多いかと思います。
ただ、子どものこだわりに周りの大人が「こだわる」のではなく、その原因を考えて不安の軽減に取り組む方が建設的かもしれません。
この記事がそういった困難さや難題を抱える当事者の方や支援者の方のお役に立てば幸いです。
参考にしたサイト・本
①アスペ・エルデの会『家族支援ガイドブック ともに歩む親たちのための「してもらう」から「ともに歩む」への道程』
②生活介護の 笑プラス「こだわり保存の法則~あれが気になってしょうがない~」
③『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち(本田 秀夫)』
表紙の画像は、TRANS.Bizから引用しました。