第156話 ツインレイなんて決して美しいものじゃない。
忙しい。時間がいくらあっても足りない。
シリウスのリト、性被害の江戸時代の女性、ウニヒピリ。
どれだけ内観してもヒーリングしても、それらが出ていったスペースの分だけ奥に持っていた闇たちが次々と助けを求めてやってくる。
生きていくのに弊害になるからこそ築いたのがブロックの役割なのに、そもそもこの短期間でこれだけの大きさのブロック解放を二つも並行しているなんて、それだけで狂気の沙汰だろう。通常の人間のキャパをとっくに超えている。
思えば去年の春以降、いつだって同時進行で複数の案件を抱えて突っ走り続けてきた。それに、疲れた時には『疲れた』という感情体のケアをするということも覚えていった。
ああー!それでも忙しい!
また、これほどの浄化を続けていって、本当にスサナル先生と結ばれるのだろうかという疑念とも常に闘っていた。目に見えるような変化がある訳でもなく、住所を知っている筈の彼から今年は年賀状が届くということもなかった。
疲れた、疲れた、疲れたー!
そうしてテーブルに突っ伏すと、ちょうど秋ぐらいの時期にハイヤーセルフに食ってかかったことを何となく思い出した。
「……あなたみたいな清浄な次元の存在に、汚れ役なんか務まる訳がないじゃない。こんなとこ、あなたがディセンション(※)して来れるような場所じゃないでしょう?
こんなにばっちい私のことを、どうやって綺麗にするつもり?高次元なんだから私なんかいなくても何だってできるんじゃないの?だったら勝手にやればいいのに、それをしないでどうして私に構うのよ!」
当時の私はそんな暴言を吐いていた。卑屈の極みだった。
この時の私は今よりずっとエゴまみれで、きっとハイヤーさんを困らせ悲しませたなぁと振り返るとちょっとだけ申し訳なく思ってみた。
多くの次元と関わるようになるにつれ徐々にわかってきてはいたのだ。
波動の高い霞のような周波数帯が“固体域にある闇”に働きかけるには、肉体を持ちつつ高次と低次を繋げるための液体のような、変幻自在な三次元体が絶対的に必要なのだ。
当時はそこに気づけずに、ハイヤーセルフに楯突いた。「優等生の高次元存在ならいくらでも闇の浄化などできるもの」だと勘違いしていた。
だけど実際にはそうではなくて、気体と固体だと振動数に差がありすぎて、まして集合意識と癒着した闇が気体を認識することなどまず無理なのだと理解した。
故に“私”がその役割に気づいて闇を統合させることで、ようやくすべての自己統合へと繋げつつ、私自身が『幸せ』になれるのだ。
事実、目を閉じて深い闇に触れたあとには、物質化した闇がびっしりと目脂(めやに)となって具現化し、顔を洗いに行かないと目が開けられないなどということも稀にあったし、同じく喉が浄化されれば唐突に痰が出てくることもあった。浄化の涙も鼻水も、闇の結晶化でしかない。
それほどの低く重たい場所に燻る(くすぶる)闇感情が、清潔すぎる高次元に対して素直に心を開けないのも秋にやり切ったことで身をもってわかった。
時間が足りない、忙しい。
泣いてるリトに恐怖する女性に、それらによって押し潰されて負荷がかかっているウニヒピリ。
猛スピードで手一杯の浄化をさせられているその最中(さなか)だというのに、また一つ新たな風切り音(かざきりおん)がこだました。
「僕は駄目だ。」
「僕なんか愛されていい訳がない。」
「僕なんかいなくていい。愛されちゃ駄目な存在だ。」
“いつも僕ばかり怒られる”とようやく吐き出されてきた子供時代の先生の闇は、今度はさらに根底から、自己肯定感そのものを否定し続けてきたことがわかった。
切なかった。
彼をそっと抱きしめる。
本当は痛みを感じさせないようにすべてを包みたいのだけど、彼のどこにも傷がない場所など存在していないようだった。闇が光を求める時、光も闇を求めてしまう。
けどどうやってもその傷口に触れてしまうから、彼の魂が叫び声をあげている。人は愛に触れる時、ヒリヒリとした生身の痛みを体感することによって、それが愛だと気づくのだろう。
彼の中で特に、幼少期のアダルトチルドレンの苦しみに通じる第一チャクラは瀕死だった。
私もボロボロだったけど、それでも彼を絶叫させてでも愛するしかなかった。
満身創痍の影ふたつ。自分と魂を別つ(わかつ)存在。命と命をかけたぶつかり合い。
光は闇を、闇は光を痛々しいほど愛していた。
※ディセンション……次元下降
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。
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今回はというか今回もというか、またも厳しい、しかも難解な内容になってしまいましたが、ぜひとも各自で再確認してほしくて書きました。
闇を視るプロセスにきちんと真正面から取り組める人はその世界がただ甘いだけじゃないと、そこもわかっていると思うんですが、
そうではなくて、闇を視ることからは逃げているのにツインレイのことを3次元の恋愛の延長だとしか思っていないなら(愛を囁き合うだけのものだとしか妄想できないようなら)、冒頭のタイトルのさらに上に、「夢見んな」、「美化すんな」と、副題をつけてほいしと思います。
でもなんで、そこまで厳しいことを言うのか。
ツインレイには、確固たる芯が求められます。それぞれ違った使命と役割が当てられます。それがブレたら飲まれます。どんな闇が来ても、全方位に対して『自立』、『自律』できるか。人に流されはしないか。
この9年間のゲートが開く前の2011年と閉じた後の2022年。
次元は再び閉じましたが、この前と後とで地球には圧倒的な差があります。何だかわかりますか?
それは、この地球表面の一部に、ツインレイが存在する次元が現れたということです。(地球内部のシャンバラやアガルタと呼ばれる世界はまた別です。あくまでここで話すのは、私たちが現にいる地上の話です。)
今までの地球には、ツインレイが存在できる次元が皆無に等しかった。
ツインレイが一般にまで認知されるようになると、そこからはびこるのが『憶測』です。
当然ですが、次元が下がれば下がるほど、その次元のエゴたちは暴走しています。勝手に憶測した挙句、勝手に夢を見て勝手に敵を脳内生成し、そして自爆します。
頭でっかちになれと言うのではありません。正しく等身大に物事を視てください。エゴを見張るのはそのためです。
「個」の時代に突入したこのタイミングで、そのことを再確認してほしくて書きました。これから頼れるのは自分です。
お役に立てれば幸いです。
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→第157話 地獄の般若
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