有料会員90万人に迫る日経電子版。キラーコンテンツは「空気」だった
有料会員90万人に迫り、一人勝ちの日経電子版
オンラインのビジネスメディアの勝者は日経電子版となっており、有料会員数が90万人に迫ります。2位はNewsPicksの約20万人(2022年末時点)、3位以降はダイヤモンドオンラインの3万5千人となっていて、いかに日経電子版がすごいかが分かります。
以前のnoteにて、有料会員の獲得のカギはただのニュースソースを提供することではなく、物語(ナラティブ)のあるコンテンツの提供にある、という内容の記事を書いたことがあります。
最近、新聞や書籍などのビジネス情報メディアの歴史を振り返ってみたのですが、その考えが割と改まりました。NewsPicksの20万人前後の有料会員獲得数でいえばその方法が有効だと思うのですが、日経電子版の90万人レベルの会員を獲得するカギは、そこじゃなかったと気づいたのです。
100万人レベルの有料会員を獲得するカギとは
ということで、特に根拠もない個人的観測なのですが、日経電子版がこれだけの有料会員を獲得したカギは「空気」にあると思います。
この「空気」というのは、ビジネスパーソンは日経を見るべき、という空気です。お正月は餅つきをする、クリスマスにはケーキを食べるのと同義で、ビジネスパーソンたるもの、日経新聞を読むべき=読んでいないことが恥ずかしい、という空気感です。
最盛期は300万部を超えていた日経新聞
1991年の時点では、日経新聞の朝刊発行部数が300万部に達していました。この時代では、電車の中で通勤中の会社員が日経新聞を広げている光景をよく目にしていました。
上場企業における管理職などの一定のビジネスクラスタの中では、日経新聞を購読していることが当たり前で、ある意味そういったクラスタに所属する証になっていたのではないでしょうか。
しかし、その後インターネット化の波や、ビジネスパーソンの意識の多様化などが起こり、ビジネスパーソンたるもの日経新聞を読むべきという空気が弱まります。
2017年には朝刊の発行部数は250万部を下回り、2023年7月には150万部を下回ります。2017年からわずか7年で、100万部も減少してしまったのです。
新聞の受け皿として日経電子版に移行しているわけですが、電子版有料会員数が90万人弱なので、新聞の減少の方が大きくなっています。
つまり、日経電子版はオンラインビジネスメディアの中では独り勝ちの状態ですが、新聞も含めたビジネスメディア全体でいうと、縮小しています。とはいえ、ビジネスパーソンたるもの日経を読むべき空気があるので、他のビジネスメディアを引き離しでいるのではないでしょうか。空気は言い換えれば日経のブランド力ともいえるでしょう。
キラーコンテンツは「空気」を形作る象徴
ということで、かつての日経新聞はビジネスパーソンは読むべきという空気によって300万部もの購読者を獲得していました。そのキラーコンテンツは、1956年から続くコラム「私の履歴書」にあるような気がします。
「私の履歴書」は、経済界の大物が連載形式で自身の半生を綴るコラムです。経営者の幼少期からの生い立ちから今にいたるエピソードが綴られているのですが、最後の終わり方にパターンがあります。その終わり方というのが「この年まで何十年間ひた走ってきたが、家庭のことは妻にまかせっきりで、ビジネスにまい進してきた。妻にお礼を言って筆を置きたい」という形で終わるのです。
ビジネスパーソンが読むべき日経新聞、その空気を形作るためには何らかの象徴が必要です。その象徴が"ひたすらビジネスにまい進してきたビジネスパーソン像”のような気がします。
しかし、時代の流れとともにビジネスパーソンの意識も多様化し、その時代を生きてきた人たちが卒業しつつあるのでしょう。
日経新聞が失ったもう一つの象徴
そして、日経新聞が失ったもう一つの象徴が新聞という「紙」なのだと思います。朝刊は発行部数が減少しており、電子版は朝刊の減速分を補いきれないものの伸びてはいます。しかし、電子版は文字通りデータという"情報”になります。電子版を購読するかは、その情報に価値があるかどうかという判断の比重が大きくなるのです。
かつて、日経を読むべきという「空気」があったのは、紙の新聞という象徴にも要因があったのではないでしょうか。
紙という所有感があり、それが電車の中やオフィスの中で広げられていて、可視化された存在だったのです。
新聞という紙は、私は日経新聞を購読しているビジネスパーソンなのだという会員証の働きをしており、それが日経を読むべきという「空気」を強めていたように思います。
デジタル時代に購読するべき「空気」を作り出せるのか
ということで、日経新聞に限らずビジネスメディアは「私の履歴書」のような猛烈なビジネスパーソンという精神的な象徴と、紙の新聞という物質的な象徴を失ったため、今やデジタルにおける情報価値の創出が有料会員獲得にカギになっています。
果たしてデジタル全盛の今、何らかの象徴を作り出して購読するべき「空気」を作り出すことは可能なのでしょうか。
今時点の結論としては、おそらく数万、数十万規模では可能かもしれないが、以前のように数百万に対してアプローチすることは難しいのではないかという印象です。
出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%96%B0%E8%81%9E
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