反ルッキズムは売上を押し上げるのか?
こんにちは。達川幸弘です。
今はCAMPFIREという会社でマーケティングをしたり、ほそぼそと個人でも企業のマーケティングのお手伝いをしていたりします。
マーケティングと進化心理学をつなげるブログという実験的な試みをしております。
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皆さんはルッキズムという言葉を聞いたことがありますか?
要するに、外見が優れている方が、社会的に評価を受けやすいというこであり、誰もがその影響を肌身で感じたことがあるはずです。
以前、こんなツイートを見かけたことがあります。
ここで登場するアパレルECに限らず、ルッキズムへの関心は世界的なトレンドだったと言えます。
参照:Googleトレンド
こちらのGoogleトレンドのグラフを見てみても、関心が局所的に高まる傾向はありながらも横ばいだったグラフが、急激なカーブから2022年末頃にピークを迎え、今はやや落ち着きを取り戻しているものの、2022年前半の水準よりも高く推移していることがわかります。
これは、ルッキズム(外見至上主義)を肯定的に捉えている風潮でないことは明らかで、むしろ「反ルッキズム」の論調が盛り上がっていると考えるのが自然でしょう。
にもかかわらず、先のツイートのような結果になるのはなぜでしょうか? 庶民感覚からすると、なんとなく「それはそうだろう…」という感覚はあるかもしれません。
ではこちらも御覧ください。
世界的スポーツブランドのNIKEが2021年12月にパリのオペラハウスに出した看板広告です。
NIKEはご覧の通りこの写真が撮影された、2021年12月頃には右肩上がりの株価になっていました。
優秀な経営者やマーケターが舵を取り、ブランドのイメージや、方向性を綿密にコントロールしていることは想像に難しくありません。
そんな彼らもルッキズムに配慮した広告を出したということは、何かしら事業やブランドにとってプラスになると判断したということです。
ルッキズムやポリコレへの配慮が、どのように事業やブランドに影響を与えるのでしょうか?そしてそれは、本当にプラスに働くのでしょうか?
今回はこのテーマを進化心理学の観点から読み解いて行きたいと思います。
「美の基準」は普遍か?
さて、「ルックス(見た目)」というもが人の心理に影響を与えるかどうかについては議論の余地がないと思いますが、よく議論の対象になるのがメディアからの影響です。
つまり、「美」の基準は先天的ではなく、後天的にメディアなどの印象操作によって作られるというものです。
確かにこの理屈が成り立つのであれば、「ルッキズム」とはただその時々のトレンドであり、メディアの印象操作によって先天的に生まれ持った容姿を振るいにかける行為であり、ダイバーシティに欠けるという主張は納得できます。
はたしてこれは本当でしょうか?
女性の身体的魅力
面白い研究があります。
Singh, Devendraが1993年に発表した論文((Singh, D. (1993). Adaptive significance of waist-to-hip ratio and female physical attractiveness. Journal of Personality and Social Psychology, 65, 293–307.))によると、男性が女性に感じる魅力的な身体的特徴には最重要の指標があるというのです。
それが「ウエスト / ヒップ比」です。
この「ウエスト / ヒップ比」が、0.7の女性に対して、男性は最も魅力的だと判断するというのです。
この調査は、メディアの影響を受けないアマゾンの部族文化を含む複数の文化を対象に行われ、「健康な子供を生む」という意味で女性の生殖能力を高さを表すものと考えられています。
この研究では、ミス・アメリカやプレイボーイのモデルのウエスト・ヒップの比率が過去30~60年で微妙に変化していることも記録されています。
食料が不足している時代において、無事に子供を産める基準としてきちんと食べ物を確保できていることを体現するための「ふくよかさ」や、飽食の時代における美の象徴として、ココ・シャネルに代表されるような「細身の女性が美しさ」など、美の概念は時代とともに変化します。
しかし、男性が魅力的に感じる「ウエスト / ヒップ比 0.7」という定数は存在するようです。
容姿の美しさは、普遍か?トレンドか?
では、顔の見た目に関してはどうでしょうか?こちらに関しても面白い論文があります。
Karl Grammer and Randy Thornhillが1994年に発表した論文((Human (Homo sapiens} Facial Attractiveness and Sexual Selection: The Role of Symmetry and Averageness))の論文では、顔の形や肌の質感から我々は何を受け取っているのかについての研究が記されています。
また、顔の形状も様々な顔を合成した平均的な形状に男性が好意を示すという結果がでています。(ただし本論文では、形状や特徴に関してそのような傾向があると結論づけるにはサンプル数がまだ少ないとも指摘しています)
進化心理学では、個体の子孫の残し続けていくという目的に向かって、欲求が構築されていると定義しています。我々がその観点において容姿から受け取るサインは、生殖能力・健康さや寄生虫への耐性の指標となるのです。
例えば女性の小さな顎、大きな唇は高いエストロゲンを示し、生殖能力の高さを示します。またバービー人形に人々が憧れるのは、長く美しい髪がその成長期間中健康であったことを示し、垂れ下がっていない胸は若く生殖能力が高いことを示します。
こういった、無意識下での生殖能力の高さへの判断が、心理的適応の出力として美を定義するのです。
もっと端的なデータとして、結婚相手に美貌を求めるかどうかは、社会全体の環境下で寄生虫の有病率と正の相関があると分かっているということも、書き添えておきます。
メディアが与える影響
さて、こういった観点から生物学的に異性を引きつける「普遍の要素」があることは分かりました。
そういった要素を意識し、異性を引きつける容姿をクリエイティブに盛り込むことで、「こうなりたい」といったポジティブな要素や「生理的に受け付けない」といった、ネガティブな反応を回避することはできそうです。
もし仮にメディアによって「トレンド」が生み出されているとしても、本能的に美しいと感じる普遍とは言わないまでも、先の論文などでも紹介された本能的に感じる最大公約数的な美の基準を大きく外した容姿を見た時に「美しい」「魅力的だ」と感じるかと言われれば、NOと答えざるを得ないのではないでしょうか?
もし、「反ルッキズム」という要素をプロモーションに盛り込む場合別の意図を考える必要がありそうです。
ターゲットのコンテキスト
では、「反ルッキズム」を実践する企業は一体何を目的に実行しているのでしょうか?短期にせよ長期にせよ、事業会社にとってはそのような振る舞いが、事業にプラスになると考えているからこそ、実行しているのは間違いありません。
その意図と、「反ルッキズム」が効果を表す局面について、考察してみたいと思います。
集団で生きるということ
あなたは今、どのような集団に属しているでしょうか?
家族
学校
サークル
会社
オンラインコミュニティー
SNSのフォロワー
趣味の集まり
など、大小何かしらの集団に属しているはずです。
20万年前にホモ・サピエンスが登場して以降、約1万年前まで狩猟採集民族として集団で餌を取り、子を育てきました。
「集団に属し生活する」ということは、本能に刷り込まれたごく当たり前とも言える行動であると同時に、「集団で評価をされない」「集団で役割を果たせていない」ということは個体の維持や種の存続に影響する一大事なのです。
このことを頭において、ぐっと視点を現代に向けてみた時に、「集団における役割」というのは、所属する集団によって大きく変わります。
例えば、会社であれば目標設定があり、その達成に貢献することが、会社員としての役割です。また学校での集団生活では、周りから評価されながらも、目立ち過ぎて反感を買わないようにする絶妙な立ち回りで生存競争を生き抜いていく振る舞いが必要かもしれません。
そんな中で、「反ルッキズム」が売上に貢献するかどうかを考える時に、あなたのブランドやサービスを求める「集団(コミュニティ・ターゲット)」は一体どのような振る舞いをすることが、集団としての「役割」を果たすことなのかをしっかりと見極める必要があります
ハイブランド
ハイブランド、ことさらファッションや美容業界は「見た目」に関するプロモーションに関して、神経を尖らせるべき業界です。
ハイブランドを筆頭に、多様な人種・肌の色・体型のモデルを自社のプロモーションに活用しつつも、行き過ぎた表現や差別的な表現であるという批判を受けないよう慎重なラインを見極めることに苦心しています。
さて、彼らがメインターゲットとするハイソサエティ集団に対して、ブランドはどのようなコミュニケーションをしなければ行けないかでしょうか?
それは、自分たちが常に先鋭的で時代の先頭を走っていること。それによって、ブランドを購入する人にそのブランドの保有者であること自体が承認欲求を満たされる好意である状態を作ることです。
ある時代において、ハイブランドに求められる表現は「攻めた表現」だったかもしれません。
しかし、現代において「反ルッキズム」だけでなく社会問題に対する問題意識が高まりる環境下において、不用意に刺激的な表現を用いることはブランドの価値を落とすリスクを伴なうことは自明です。
さらに、そういった社会問題に対して、「何もスタンスを示さない」ということもマイナスの影響をうけます。ブランドにもアクティビズム(積極行動主義)が求められ、「スタンス」を示すことがブランドのポジショニングにも影響する環境の中で、ブランドとしてのクリエイティブや表現はとても難しい舵取りが必要だと言えます。
そういった、ハイブランドを当たり前に購買する層にとって、ルッキズムは大きな関心事なのです。インターネット・SNSによりグローバルに開かれた世界において、コミュニティは近接する人たちだけの集団で形成されなくなっています。
そのつながりの中で、自分たちが情報感度高く、社会課題に対して向き合い「ブランドアクティズム」を実践するブランドを保有していることは、コミュニティへのアピールにもなり、それに伴いブランドの好意度は上がります。
ターゲットとなるコミュニティの関心事に目を向けたとき、反ルッキズムという振る舞いが大きな間違いでないことを示してくれます。
▼ そういった本来の機能とは別の「誇示的消費」については、以下の記事でディカプリオの事例を紹介しています
コミュニティの声を聞く
さて、資本社会の勝者のとも言える層においては、身の回りの生活だけでなく、その外側にむけて利他的な振る舞いをすることが、さらなる社会的地位を高めることは想像に難しくありません。
しかし、それらに多くの関心と時間を費やし、体現しようとするそうは多数派でしょうか?
多くの人は目の前に提示されればその問題が大きな課題であると認識をするかもしれませんが、日々身の回りで起きる課題と優先順位を競わせたなら、大敗を期してしまうことは責めらません。
ブランド責任者がハイブランドなどの先鋭的なブランドのコミュニケーションや、一部のコアターゲットではない層の関心事や声に敏感になればなるほど、最初に紹介したTwitterのような間違いが起こるのは仕方のないことです。
しかし、自分たちのターゲットとなるコミュニティにおいて駆動している下位自己は、もっと原始的な「モテたい」「かっこよくなりたい」「可愛くなりたい」「周りから評価されたい」といったものであることを忘れてはなりません。
▼下位自己についての詳細はこちら
反ルッキズムのようなトレンドが「かっこいい」「イケている」という市民権をそのコミュニティで得ているかどうかによって、反ルッキズムを体現したクリエイティブが好意度を上げるのかどうかは変わるのです。
もっというと、「ルッキズムって何?」という人がいることすら想像しなくてはなりません。
人は多数派に流れる
コミュニティにおいての多数派に影響をうけるのもまた、人の本能です。
Gregory Berns(2005)((The Science of Finding True Fulfillment.))のfMRIを使った実験によって、人が多数派に影響を受けて信じられないような間違いを犯すことを、脳神経レベルで証明されています。
ここからミラーニューロンの発見やそれによる社会性・共感性の話になっていくのですが、それままた別の機会でお話できればと思います。
つまり、多数派に流されて「空気を読む」技術は集団を維持していく上でとても重要であり「協力することに快楽を覚える」という進化圧を我々は受けてきたのです。
ですから、コミュニティにおける「アジェンダが今何なのか?」というコンテキストを読むことが、マーケターに求められているのです。
ルッキズムは、売上を押し上げるか?
さて、では「反ルッキズムは売上を押し上げるのか?」という問いに対して、どう答えればよいでしょうか。
それは、「ターゲットが所属しているコミュニティが知っている」というものではないでしょうか?
あるコミュニティににおいては、売上を押し上げ、あるコミュニティにおいては、売上を落とす結果を生むでしょう。
では今回紹介をした「NIKE」の事例。
あなたはどう考えますか?
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なお、あの写真がとられた2021年12月以降の株価がこちらです。
最後に、私の妻がとあるファストファッションブランドのショップで、ぽっちゃり体型モデルのポスターを見たときの一言をご紹介します。
「これ、どうなん?」
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最後までお付き合い、ありがとうございました!!